東海テレビ放送 報道部 記者/ディレクター
桑山知之 くわやまともゆき(Twitter)
1989年愛知県名古屋市生まれ。慶應義塾大学経済学部在学中からライターとして活動。2013年に東海テレビ入社後、営業部を経て、報道部で記者/ディレクター。2018年から公共キャンペーンのプロデューサーとして「いま、テレビの現場から。」「見えない障害と生きる。」といった社会問題をテーマとしたドキュメンタリーCMを制作。
発達障害の原因は先天性な脳の機能障害で、コミュニケーション能力や社会性の障害、感情のコントロールが効きにくいという特徴があります。
発達障害は身近ですが、「普通」「人並み」にこだわる社会の風潮からあまり身近に感じない方もいるかもしれません。
今回インタビューしたのは桑山知之さん。東海テレビのドキュメンタリーCM「いま、テレビの現場から。」、発達障害をテーマにした「見えない障害と生きる。」のプロデューサーのほか、記者として活動されています。
様々な人や考えが受け入れられる多様な社会にするためには、どうすれば良いのでしょうか?
目次
桑山知之とは
ー桑山さんの自己紹介をお願いします。
慶応義塾大学経済学部在学中からライターをしていて、当時はプレスラボという編集プロダクションから仕事を頂いて記事を書いたり、東京ピストル(現:BAKERU)ではももいろクローバーZのツアーパンフレットも作成に携わりました。
そして大学卒業後の2013年に、東海テレビに入社し営業部を経て、2016年から報道部で記者・ディレクターをしています。
また、2018年から公共キャンペーンのプロデューサーとして「いま、テレビの現場から。」や「見えない障害と生きる。」といったドキュメンタリーCMを制作しています。
現在は2020年8月から愛知県警の記者クラブで記者として活動しています。
記者クラブ
公的機関や業界団体などの組織を継続し取材することを目的に、構成されている任意組織。
新聞社や放送局などの記者によって構成され、行政機関、警察などの公的機関、東京証券取引所や商工会議所などの業界団体内に設置されている。
「見えない障害と生きる。」プロデューサー 桑山知之
(C)東海テレビ
「見えない障害と生きる。」制作の背景・経緯
ーCM制作にあたっての背景・経緯を教えていただけますか。
東海テレビは年に1回公共キャンペーンとして CM の制作をしていて、東海テレビはこれまで「震災」「LGBTQ」「名古屋の汚染された川」などあらゆる社会問題をテーマに描いてきました。
2018年から僕はドキュメンタリーCM のプロデューサーをやらせてもらっていて、その年は「いま、テレビの現場から。」を制作しました。
そして2019年には、約100個のテーマから「発達障害」を選び「見えない障害と生きる。」を制作をすることになったんです。
「発達障害」をテーマにしようと思ったのは、2018年の9月に発達障害である漫画家の沖田×華(オキタバッカ)さんを取材させて頂いたことがきっかけでした。
その時初めて発達障害について詳しく知り、それまで僕がイメージしていた「障害」に対する先入観と彼女はかけ離れていたんです。
もちろんできないことや不自由さ、生きづらさは抱えているのですが、人としてすごく魅力があると感じました。それに、診断名が同じだとしても全然症状が違うなどを知り「そんなことがあるのか!」と感じて、社会の中にあるイメージとの違和感を持ちました。
テレビの世界では「違和感」をすごく大切にしていて、「どういうことだろう?」といった感情を逃さないので、彼女と出会ったことは僕の中で発達障害をテーマにする大きなきっかけになりました。
また、今まで発達障害を取り扱っていないのがTVくらいでした。新聞とかWebメディアは扱っていたのですが、TVは発達障害を避ける傾向にありました。なぜなら、見えづらく、上手く映像化しづらいからです。
ですがそれは、TVの都合なので言い訳はしたくなかったです。それに、15人に1人と言われる身近な発達障害だからこそ、僕らが報道する意義があると思い取り掛かりました。
CMに込められた想い
ー見えづらい障害だからこそ、発達障害を映像化することは簡単ではないと思いますが、制作する上でのこだわりを教えていただけますか。
1つ目は発達障害の方を客観的に、ありのままの姿を映すこと、2つ目は余計な要素を削いで本当に伝えたい部分を鋭利にしていくことで刺さる作品になるよう努めました。
1つ目の理由は、陥りがちだと思いますが、福祉への関りが深くなっていけばいくほど、関りの薄い人から見た時あまり興味が持てないものになってしまうんです。身内で完結しているような。
「それ、あなただけの意見じゃない?」と見えたらすごくもったいないんですよ。
「もしかするとこうではないか?」と考えてもらえるよう客観的に描くことを意識しました。
例えば、いわゆるクレーマーって周囲からすると「どうしてそこまで怒るの?変わってるな」と思われたりしますが、もし主張の伝え方を変えたら「確かにそうかもね」となる可能性があるじゃないですか。
障害のある方や、その周りの人たちって、周囲からすると「変わってる」と見られていると思うんですよね。
もちろん周囲は、「助けなきゃ」という気持ちがあると思いますが、どこか「変わってるな」と偏見や差別意識を抱いてるんじゃないかなと思います。
ですが、誰もが障害を持つ可能性はあるので、自分も自分の身近な人も可能性があると知ってもらうには、客観的な描き方が必要でした。
2つ目の理由は、より多くの方に発達障害について知ってもらうための入り口として「見えない障害と生きる。」を見てほしいからです。
2番目に出てくる神山さんは文字が読むことが苦手で、カフェのメニューを紙ナプキンをずらして読むことで、視界を狭めて文字を読みやすくしていたんですよね。敢えて全て説明せず、「何をやっているんだろう?もしかして、文字を読むためにやってたのかな?」というように視聴者の方一人ひとりに発達障害について考えてほしいんです。
ーそうだったのですね。全体的に客観的に描いていている一方で、3番目に出てくる横関さん(聴覚過敏)の場面と、CM終盤のGOMESSさんのラップの場面は主観的な表現ですよね。
(C)東海テレビ
そうですね。基本的には客観的に描いているのですが、発達障害を他人事ではなく自分事に、身近に感じて欲しいという想いもあったので主観的な要素も取り入れています。
主張を伝えることは、諸刃の剣で「独りよがりの意見」となるともったいないんですよね。
そのため、3番目に出てくる横関さんは、当事者の方が感じている聴覚過敏を再現しようという意図がありました。
そして最後は、自身も発達障害(自閉症)であるGOMESSさん(ラッパー)から出る主観的な言葉で、発達障害の方の想いを訴えかけています。
「障害」に対する価値観
ー制作を通して改めて、桑山さんにとって障害に対する価値観は変わりましたか?
以前は、障害に対して先入観を抱いていたと思います。実際に制作を通じて発達障害のある方と関わり、先入観を抱かなくなりました。
ですが結局、当事者の方が体感している気持ちや症状を同じように感じることができないからこそ、知ったような口は利かないようにしていますね。
コミュニケーションが円滑に取れるから、相手の気持ちが理解できたように思えても全てはわからないですよね。
だからこそ、わからないことは隠さないことが大切だと強く感じました。
東ちづるさん(女優・Get in touch理事長)ともよく話すのですが、「分断しない、混ぜこぜの社会を創りたい」と彼女は言っていて、線引きをしない多様な社会を僕も創りたいと思っています。
(写真右から、東ちづるさん、桑山知之さん、GOMESSさん、CMディレクターの近藤正之さん、コピーライターの高阪まどかさん)
桑山知之の今後の展開・目標
これから実現していきたいこと
ー映像制作を通じて、これからどういうものを届けていきたいのか教えていただけますか。
「多様性」を届けていきたいです。
2020年8月から愛知県警記者クラブに所属しているので、社会問題や事件を通じて様々な人や考え、苦しみがあるということをこれからも描いて伝えたいと思っています。
「問題や事件を二度と起こさないためには、どうしたらいいのか?」への提言までしていきたいと思っています。
ー制作に関わらず、これから携わっていきたいことはありますか?
今世の中的に嘘が嫌われ、リアリティへの需要が高まっていると思うので、現在携わっている記者や報道は良いお仕事をさせてをもらっているなと感じます。
テレビという枠組みにこだわらず、様々な形でリアリティとエンターテインメントを届けられたらいいなと思っています。
色んな世界で、何かを表現することが好きなので、僕の携わったことが人の役に立ったり、評価して頂けるのならやり続けたいと思っています。
メッセージ
ー最後に、メッセージをお願いします。
僕らTV業界が網羅しきれない部分が正直あって、見逃している問題ってあるんですよね。
皆さんが、問題意識を持っていることや発信したいことがあれば、ぜひ教えて頂きたいと思っています。
現在も視聴者の方から、色んな情報が集まってくるのですが、「東海テレビのことを信じてるから頼む!」と思ってくれているのかなと勝手に解釈していまして(笑)。
「桑山さん、これなんとかならないかな?」と僕に直接連絡を頂ければ、できる限り力になりたいと思っています。
僕らTV業界は、協力してくれる人がいてなんぼの世界なので、皆さんの力を借りながら、様々な世界を様々な人に見てもらいたいと思っていますので、ご協力をお願いします。
【編集後記】
今回インタビューしたのは、桑山知之さん。終始笑顔で、インタビューの受け答えをしてくださったり明るい人柄が伝わりました。桑山さんがお話してくださったように、私たちはどこかで障害のある方と自分を線引きしていると思います。印象的だったのは、桑山さんの「知ったような口を利かないこと」という言葉。障害の有無にかかわらず、誰と関わる時でも「自分の思い込みを押し付けていないか?」と立ち返ることの大切さを改めて感じました。CMでも起用されたGOMESSさんの新曲「COMMON 」が先日リリースされました!各音楽サブスクリプションサービスにてダウンロードできるので、ぜひ聴いてみて下さい。
(執筆/編集:新田敏美|Twitter)