映画監督・枝優花が感じる社会への違和感「話しにくいジェンダー問題を映像にして考えるきっかけに」

映画監督・脚本家
枝優花 えだゆうか(Twitter
1994年生まれ。群馬県高崎市出身。
2018年、初長編監督となった『少女邂逅』が全国公開され、香港国際映画祭に正式招待、バルセロナアジア映画祭では最優秀監督賞を受賞し話題となった。
2019年日本映画批評家大賞では新人監督賞を受賞。2020年TOKYO MX『スイーツ食って何が悪い!』で自身初となるテレビドラマの監督・脚本を担当した。

「いい人生」と聞いて、どのような人生を思い浮かべますか。

今回インタビューしたのは、大学卒業後、周囲の反対を受けながらもフリーランスの映画監督となった枝優花さん。

社会の流れと自分の考えを切り分け「怒り」や「疑問」を映像作品に落とし込み、未来につなぐ枝さんに、フリーランスの映画監督になるまでの出来事やジェンダー問題に対する考えを伺いました。

「常識」を考え直し、自分らしくあるためにはどのようにしたらいいのでしょうか。

枝優花とは

初長編監督『少女邂逅』ではミスiD2016グランプリの穂志もえかと、RADWIMPSのアルバム『人間開花』のジャケット写真が話題となったモトーラ世理奈を起用。香港国際映画祭に正式招待され、バルセロナアジア映画祭では最優秀監督賞を受賞した。「見えているもの」と「見えていないもの」を描いた、寂しくもあたたかい物語。

映画監督になった経緯

ーー枝さんが映画監督になったきっかけを教えていただけますか?

元々映画監督になりたかったわけではないんです。

「映画に関わりたい」とは思っていましたが、現場のスタッフは収入が不安定だと思っていたので、映画配給会社に就職した方がいいかなと考えていました。

映画配給会社とは
映画の買い付けから興行先への営業・販売、映画の宣伝活動を行う会社。

(参照元|東京映画・俳優&放送芸術専門学校)

きっかけは、大学生の時に早稲田大学の映画サークルに入ったことです。

その新歓合宿で新入生がグループに分かれて映画を作るとき「監督をやる」と言っていた人がいなくなってしまって(笑)

誰かが代わりに監督をやらなきゃいけないのですが、誰も出なかったんですね。

「みんなで考えよう」としている時間が途方もなさすぎて、ちょっと家に帰りたいし耐えられなくて「やります」と言い、はじめて映画監督をしました。

 

ーー監督をする自信はあったのでしょうか。

自信はないです。何もわからないし、本当にたまたまでしかなくて。

私は小学生の時に演劇ワークショップに参加したり、お芝居をしてきていたので、映画をお芝居中心に見ていました。

なので、いざ作る立場になった時に気づいたんです。作るための映画の見方をしてこなかったと。「カット割も脚本ルールも構図も、何もわからない!」と痛感しました。

この時に製作したのが『さよならスピカ』。第26回早稲田映画まつりに出品し、審査員を務めていた松居大悟監督らから評価を受け審査員特別賞を受賞。次年度は『美味しく、腐る。』で観客賞を受賞している。


ーー映画は幼少期から見ていたんですか?

ものすごく映画好きだったわけではないのですが、父が映画好きだったので横に座って一緒に観ていました。

私の父は忙しくて、高校生まで一緒に住んでいなかったんです。年に1,2回だけ単身赴任先から帰ってきて、その時には必ず映画館に連れて行ってくれました。

でも父はハリウッド系の映画を観ていたので、小学生の時は日本映画は全く見ていなかったですね。

 

「いい人生」への違和感

ーー大学は社会学部メディアコミュニケーション学科に通われていますが、その時にはもう映像系のお仕事に関わりたいと思っていたのでしょうか?

思っていましたね。

進路を決める高校生の時ってなかなかやりたいことを決められないので、経済学から心理学まで幅広く授業を取れるところが良いなと思い社会学部を選びました。

 

ーー枝さんの作品には、子どもから大人になる過渡期や進路の話も出てきますよね。

高校の先生が言う「いい人生」に違和感があったんです。

私は進学校の高校に通っていて「いい人生とは、いい大学に入って、いい企業に就職して、結婚することだ」と言う言葉をよく耳にしました。その時は「そうかあ」ぐらいに思っていましたね。

私は極端な人間で、興味のないことは眠くなってしまって手に付かない。逆に興味があるとどこまでも勉強してしまう。でも当時はまんべんなくできる人間だと思っていたので、国立や公立大学の勉強をしていました。

結局地元の公立大学に受かったのですが、やっぱり映画に近い東京の大学に行きたくて。私が公立大学に行かないと知ると先生から職員室に呼び出されて「公立大学に行けば、銀行とか区役所に就職できるし、そしたらちゃんと結婚できるから」「映画業界なんて、ひと握りの人しか行けない世界だから」と説得されたんです。

どうして大人がそこまで熱心に説得してくれるのかわからなくて、「先生は映画業界に行ってないじゃん!」と思っていましたね。生意気にも。

その後、映画を撮って、地元で上映したことを知った先生が電話をくれて。「私は自分の価値観を生徒に押し付けてた」と謝られました。でも多分先生がなんと言おうと、言うことを聞くつもりは毛頭なかったので「謝らなくてもいいよ〜」と思っていました(笑)

 

ーーそうだったんですね(笑)家族はフリーランスの映画監督になることをどう思っていたのでしょう?

それこそ「映画業界はほんのひと握りの人しか生きていけない」と言われていましたね。

先ほど話した演劇のワークショップに通うのにも大反対で「お金は絶対払わないから!」と言われたので、お年玉を切り崩して通っていました。

今はすごく応援してくれていますが、そうなるまでには10年以上かかりました。まあ自分が親の立場でも同じことを言ったかなと思います。この世界は未知すぎますし・・。

 

フリーランスの映画監督として

ーー周囲の反対を受けても、自分がやりたいことを貫けたのはどうしてですか?

「確固たる強い意志があって」とか、そんなにカッコいいことではなくて、やりたくないことをやれなかっただけです。

大学1年生の時から「もし映画会社に入れなかったら、私はどうやって頑張るんだろうな」と考えていたんですけど、想像ができなくて。

いろいろな会社のインターンに行って頑張るために知り合いを作ってみたり、後悔しないように4年間の間でできることはやってみたんですけど、面白くなかったんですよね。

私の中では、20歳くらいの時に初めて入った映画撮影の現場で出会った、照明部の方の存在が大きいです。

その人がこう言ったんです。

「映画業界でフリーでやっていくなら、何も計画通りには行かない。だから目の前のことを全力でやれ。それによって次があるから、全てに流されて生きていけばいい。本当にやりたいことなら、そこにたどり着けるよ」

これをその人の人生を通して話してもらいました。

今まで「とりあえず3年間働いて、お金を貯めてから考えればいいじゃん」と言われてきたので「流されればいいじゃん」と言ってくれる大人なんて、誰もいなかったんです。

その人の話を聞いているうちに「そっか、流されればいいんだ」と思えました。

 

プレッシャーとやりがい

ーー枝さんの仕事は0から1を生み出し、それが評価されていく仕事なのかなと思います。そこにプレッシャーは感じますか?

私は自分で脚本を書くので、1文字1文字が全部責任になるんですね。そういうプレッシャーは感じます。

でもそれは「誰かに迷惑かけないようにしなきゃ」というプレッシャーではなくて、「自分がやりたいことをどこまでできるのか」と自分で自分に科したプレッシャーです。

自分のできなさに自己嫌悪になりますけど、同じくらいにやりがいを感じますね。

今までは0から1の作業でしたが、今は初めて脚本家さんが入るお仕事をしています。1から100の作業です。

脚本の打ち合わせでも、普段と気持ちが全然違いますね。「これ、どいうつもりで書いたんだろう」と脚本を読解する作業は新鮮です。こうしたら面白いんじゃないか、などアイディアも持ちかけたり。

その作業ってとても楽しいんですけど、いつもより言葉の責任が少ないので不思議です。それらを通して、自分で脚本を書くということは、やりたいことを1番発揮できるということなんだなと実感しています。

 

枝優花の作品

ーー枝さんはどこから作品のインスピレーションを得ているのでしょうか?

社会に対しての「怒り」や「どうして?」と疑問に思うことから書いてます。

あらかじめ答えの出ているものを形にして見せる必要って、あまりないと思っているんですね。なので自分の中で消化しきれていない「怒り」をテーマにすることが多いです。

それを誰かに観てもらうことによってお客さんがまた新しい答えを出していくじゃないですか。今度は私がそのフィードバック受けて、また新しい答えを見つけていくんです。

1人で解決できなかったことから、インスピレーションを受けているのかもしれないです。

 

ーー自分の経験を映像に落とし込んでいる?

自分の中で落とし込めるものしかやらないようにしてます。

もし自分の中で実感のないものを作ってしまうと、それはお客さんに伝わってしまう。なのでなるべく自分の実感レベルに落とし込めるまで調べたり、経験したり、と日々アンテナを張って生活しています。

 

作品のこだわり

(映画『少女邂逅』のアナザーストーリー、『放課後ソーダ日和』全10話配信中)

 

ーー枝さんの作品は色使いが印象的だと思いました。こだわりはありますか?

好みがはっきりしていて、写真や映像はブルーに近いピンクが好きです。なので、作品を撮るときはその色に近いものを使っています。

それから、たまたま女の子を撮る機会が多いのもあります。肌の色を実際よりもちょっとピンクに寄せた方が女の子が魅力的に見えるなと思っていて。

勝手な持論です。

 

ーーほかに、作品のこだわりはありますか?

作品によって変えていますが「なんとなく」で撮らないようにしています。

私は構図を作るのが好きなんです。例えば、2人の関係値が前半はAが上でBが下だとしたら、2人の位置もそれに合わせてAが高い位置、Bが低い位置にします。

それが物語が進むにつれて平等になったら同じ高さに、逆転したら逆にするんです。

いちいち意味を付けるのが好きで、そこから構図を作り様々な演出を考えます。細かいし、誰がわかるのっていうような、もはやフェティシズムに近いところでもあるのですが・・。

こういうのはお客さんに伝わらなくていいんです。私が作る上で、納得するために決めています。

それから、役者さんが1番きれいに映る角度を会ったときにこっそり探します。正面がいいのか、少し斜めがいいのかをカメラマンと共有して撮影に挑みますね。自分が美しいと思えるものを撮りたいので。


枝優花が捉えるジェンダー問題

昨今ジェンダーに関する議論が活発に行われ、以前よりジェンダー格差を感じなくなったという方も多いのではないでしょうか。

しかし、2019年に発表された世界経済フォーラムによる「ジェンダーギャップ指数」で日本は153か国中121位。日本のジェンダー格差は世界的に見れば深刻です。

まだまだ男性監督の活躍が目立つ映画界の「若手の女性映画監督」枝優花さんはジェンダー格差という「常識」が揺らいでいる今をどう捉えているのでしょうか。


ーー枝さんはジェンダー格差に違和感を持っていますよね。

同じ差別でいえばちょうど今「Black lives matter」で、人種差別が話題になっているじゃないですか。

Black lives matter(ブラック・ライヴズ・マター)
黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える運動。特に白人警官による無抵抗な黒人への暴力や殺害、人種による犯罪者に対する不平等な取り扱いへの不満を訴える。

正直な話、日本に住んでいると「アジア人だ」「黄色人種だ」と差別を受けないですよね。その環境で20年以上生きてきて、「さあ黒人差別について考えよう」となっても、なかなか自分事にはできないと実感しています。

でもジェンダーは、もっと身近な問題です。セクシュアリティという意味での性別は誰でも持っています。

なので男女差別やジェンダーについてはずっと考えていますね。

学生の時はそこまで考えていなくて「親の世代より男女差別はなくなってるし」と思っていました。でも気付いていなかっただけで、年を重ねてそれらを感じることが増え「これか!」と。どこかで「若い女性だから仕方ない」と思っていた自分がいたんです。

しかもそういうことって、あまり人と共有してこなかったんです。当たり前すぎて、友達との間でそういう話はなかなか出てこないです。

でもいざ話してみると、みんなジェンダーの悩みを持っていたりして。もちろん女性に限らず、男性にもあることだと思います。

ジェンダーの悩みを気軽に話して共有するのが難しい社会ですが、そういうみんなが話しにくい話題を映像にして議題に挙げれば、知らなかった人もそれに気づいて、考えるきっかけになるのかなと思ってます。

枝優花監督初の男性キャストがメインの作品『スイーツ食って何が悪い!』。
「男らしさ・女らしさ」を考えさせられる、自分らしく好きなものを食べる男子高校生の人生謳歌グルメドラマ。

「男なのに気持ち悪い」とか「女子力ないな」とか、その言葉自体が悪いんじゃなくて、それらが派生していったときに誰かの人生を圧迫していることを考える機会になったらいいなと思います。

 

ーージェンダーの悩みについて話しにくい環境が、また巡ってジェンダーの問題を埋めてしまうのでしょうか。

難しいですよね。「思っていることを言おうよ」ってよく言いますけど、簡単にできることではないと思います。

日本人のよさって、言葉にオブラートを持っているとこだと思うんですね。でもそれが行き過ぎて、結果的に弊害が生まれてしまうのであれば、それは少しずつ変えていかなければならないと思います。

みんな「これが当たり前だ」と、なんの疑問ももたずに生活している。一見すると物わかりのいい大人。だけど本当は当たり前なことなんて何ひとつないと思うんです。もっと「なんで?」って普段の生活の中にある「常識」を考え直さなきゃいけないと思います。

こういうことを言葉で伝えるのは難しいですが、エンタメにすれば届きやすくなります。メッセージを受け取ってくれた人たちが未来を変えようと動いてくれたらうれしいです。もちろん私もそこに加担します。

 

今後やりたいこと

ーー最後に、枝さんがこれからやってみたいことはありますか?

私がこの業界に「入ってみたいな」と影響を受けたような作品が、どんどんなくなってきているので、それを今やったらどうなるんだろうなと思います。

楽しいだけじゃなく、社会や価値観を考えて、若い子の指針になるような。

若い子たちに向けて、そういう作品を撮りたいです。


【編集後記】
今回取材したのは枝優花さん。実は、私がアニメ以外で映画をリピートして観たのは、枝さんの作品『少女邂逅』がはじめてでした。自然体なミユリと紬の世界観がどこか居心地よくて、ひとつひとつの言葉が頭から離れなくて、寂しい結末なのにあたたかい余韻も残っていて…とても不思議な感覚でした。憧れの方だったので少し緊張もしていたのですが、話してみると普通の女の子。これがまた魅力的です。
「枝優花監督の作品をぜひ映画館で!」と言いたいところですが、見逃した方は『少女邂逅』とそのアナザーストーリー『放課後ソーダ日和』はAmazon Primeビデオで配信中ですので、ぜひそちらからご視聴ください。また、初のテレビドラマ監督を務めた『スイーツ食って何が悪い!』についてもお話を伺いました。ぜひこちらも併せてお読みください。

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