精神科作業療法士のラッパー「慎 the spilit」声にならない声を聞き分け多様性のある社会に

精神科作業療法士|ラッパー
慎 the spilit シンザスピリット(TwitterHP
本名、佐々木慎。同い年で構成される88POSSE、医療福祉介護&当事者レーベルEMPOWERMENT RECORDS所属。滋賀県で精神科作業療法士として働きながらラッパーとしても活動する。
2017年、初のCD『LAKESIED B』をリリース。『探偵ナイトスクープ』のほか、新聞やTV、ラジオ、Yahoo!ニュースなど多数のメディアで楽曲が取り上げられる。 LIVEを織り交ぜた講演活動も積極的におこなっており、同じ作業療法士でありDJでもあるEMPOWERMENT RECORDS主催のDJ MINIONとタッグを組み様々な現場で活躍。

国立研究開発法人日本医療研究開発機構の調査によると、一生のうちにうつ病になるのは約15人に1人、統合失調症の有病者は約100人に1人。

精神の病は身近なのですが「隠したほうがいい」という社会の風潮から、あまり身近に感じない方もいらっしゃるかもしれません。

今回インタビューしたのは「慎 the spilit(シンザスピリット)」さん。精神科作業療法士として働きながら、当事者の想いや作業療法士としての想いをリズムに乗せ届ける、ラッパーとしても活動されています。

いろいろな人がいるのが当たり前の多様性がある社会にするために、私たちに何ができるでしょうか。

精神科作業療法とは

ーーまず最初に、作業療法士(リハビリテーション)とはどのような仕事なのか教えていただけますか?

一般的にリハビリテーションには、筋トレや歩行訓練のイメージがあると思います。ですが、そうではなく病気や障害、苦手な部分があってもその人らしく生きられるようサポートをするのが作業療法士の仕事です。

また、「作業」というワードは単純作業のイメージを持たれやすいのですが、作業療法ではその人が目的や役割、意味、価値を持っていることを作業と定義しています。

例えば後天的ではなく、生まれつき何らかの病気を持っている方もいらっしゃいます。僕にもアトピー性皮膚炎や喘息、食物や薬剤アレルギーがあります。皆さんにも病気や苦手な部分が、少しはあると思うのですが、作業療法士はその状態でも面白く生きていけるようにサポートさせていただきます。

「病気」より「人」をみる視点です。

 

精神科作業療法士の仕事内容

ーーその人らしく生きるためのサポートをするお仕事なんですね。その中でも、精神科の作業療法士はどのようなことをするのでしょうか?

作業療法士の中でも精神の病に特化しているのが精神科の作業療法士です。

統合失調症、うつ病などの精神の病があると生活に支障が出ることがあります。そこに先程の、その人が目的や役割、意味、価値を持っていることに焦点を当てる、作業療法の視点を取り入れて関わっています。

例えば、その人が「働くこと」に価値を持っていれば復職支援をしたり、「釣り」が好きだけど精神の病があり、釣りに行けないのであれば、どうすれば釣りができるのかを一緒に考えたりします。

 

ーー作業療法には身体のリハビリテーションのイメージがあったので、精神科の作業療法士さんがいるのは知りませんでした。

精神科の作業療法士とよく比較されるのが心理士さんです。例えば、心理士さんはカウンセリングを通して、その方の考え方の癖や葛藤にアプローチすると思います。

その場合は1対1ですが、精神科の作業療法には集団のプログラムもあります。青春時代を思い出してほしいのですが、友達と話し合うより、部活で練習をしていく過程で強い友人関係が築かれたりしますよね。このように、部活のような何か(=作業)を通して、対人関係にアプローチすることもあります

 

ーーその人に合わせた様々なアプローチをしているのですね。精神科の作業療法を受けている方にはどのような方がいらっしゃいますか?

今は病院で働いているので、入院中の方や外来でリハビリテーションに来ている方と関わらせてもらっています。統合失調症やうつ病、発達障害、認知症などがあることで学校や仕事にいけない、引きこもりがちなど、生活に支障が出ている16歳から90歳くらいの方のサポートをしています。

 

精神科作業療法士になるまで

ーー慎さんはどうして作業療法士を目指したのでしょうか?

元々は窓ガラス清掃の仕事をしながら、キックボクシングでプロを目指していました。

ですがある時、試合形式のスパーリングという練習で膵臓断裂の大ケガをしてしまいました。7時間ほど手術して、1か月半入院。もう格闘技はできない身体でしたし、仕事も辞めてしまいました。

入院していた1か月半の間に看護師さんのおすすめを受けたり、自分も医療職に助けてもらっていたので医療職に興味を持つようになりました。その中でもリハビリ職というものがあると知り、22歳から25歳まで学校に行きました。

 

ーーケガをしてしまったことがきっかけだったんですね。その時からリハビリ職の中でも精神科の作業療法士と決めていたのでしょうか?

リハビリ職には、作業療法士と理学療法士(機能訓練がメイン)、言語聴覚士(言葉や飲み込みなど)の3職種があります。

当時の僕はそんなことも知らなくて。たまたま入ったのが作業療法学科だったのですが、これもたまたま、精神のリハビリテーションができるのは3職種の中で作業療法士だけでした。

はじめは「歩行訓練のようなリハビリ職っていいな」と思っていたのですが、実習で心や脳のことを勉強したり、患者さんと関わらせてもらう中で「精神科の作業療法士になりたい」と考えるようになりました。

理学療法士
立ち上がる、起き上がる、歩く、寝返るなど、基本となる体の動作のリハビリテーションを行う。
言語聴覚士
問題の本質や発現メカニズムを明らかにし、対処法を見出すために検査・評価を実施。必要に応じて訓練、指導、助言、その他の援助を行う専門職。

(参照元|日本リハビリテーション専門学校

精神の病の無理解と誤解

ーー私の友人は精神病棟に行って「こわかった」と言っていました。精神科の作業療法士を目指すと決めた時、そういったネガティブなイメージはありましたか?

最初は「ひとりで喋っている」「何をしているのかわからない」と少しこわい印象がありました。今、世間にあるような偏見が僕にもあったと思います。

でも、それは知識がなかったから。世間の無理解や誤解も、知識がないからぱっと見で「変な人」「こわい」という印象を抱いていると思うんです。

例えば、ひとりごとを言うのは、幻聴の一種なのかもしれません。そこには脳機能の問題もありますが、一説によると現実で処理しきれないストレスを幻聴や妄想という形で処理しようとしているそうです。つまり、現実で自分の力では対処できなかったとき、それが幻聴や妄想に代わり、それによって自分を落ち着かせようとしているのかもしれない。

このようなことを知っているだけでも、ただ単純に「この人はおかしい」ではなく、「生活で何らかの苦しいことがあったのではないか」と考えられるのではないでしょうか。

 

ーー目に見える状態だけで批判せず、その背景まで考えるのは何事でも大切ですね。精神の病についての知識を正しく得る場はあまりに少ないと感じます…。

あくまで1つのデータですが、一生のうちにうつ病になるのは約15人に1人、統合失調症の有病者も約100人に1人と言われています。こんなに身近な病気なのに、誰も教えてくれない。社会的に扱いにくいと思われているので、教育の場でも扱われづらいですよね。

それに日本ではまだ、精神の病は隠したほうがいい風潮があるので、本当はたくさんいるのにいないように見えてしまうこともあります。そのために、今まで出会った事のないタイプの人を目の前にすると「こわい」と感じてしまうのかもしれません。僕はこのような状態を変えたいので、曲で発信したり、中学校や高校で講演をさせてもらっています。

 

精神科作業療法士として働いて

ーー障害や病気を隠したがる。大きな問題だと思います。実際に働いていて何か考えることはありますか?

精神の病は誰でもなり得ると感じています。例えば家族が突然亡くなったり、仕事で失敗が続いたり、受験に失敗したり、失恋したり…。誰にでも様々なストレスがあると思います。

もし、そんなことが一気に重なったとしたら。自分ではどうしようもない状況まで心が落ち込むことも考えられますよね。それを、精神的な病の枠に当てはめたら病気となるだけで、誰にでも大なり小なり起こり得ることだと思っています。

自分や自分の大切な人も、いつそのような状態になるかわからないと知っていれば、少しは見る目や対応が変わるのではないでしょうか。

 

精神科作業療法士のラッパー慎 the spilit

ラップとの出会い

ーー慎さんは精神科作業療法士として働きながらラッパーとしても活動していますが、どうしてラップをはじめたのでしょうか?

中学生の時に「EMINEM」というラッパーの『8MILE』という映画が流行していました。そこから周りの友達もヤンチャになったり、ラップやDJをしてHIPHOPに触れていて。その影響でラップをはじめました。


ーーラップのどのようなところに惹かれたのでしょう?

世間に対する訴えや反骨精神、ハングリー、地元愛など、綺麗事ではなくリアリティのあるところに惹かれました。

HIPHOPはもともと黒人文化なので、公民権運動など、黒人の人権問題も影響しています。今考えると、精神の病で偏見を受けている方々と、近いものがあるのかもしれないです。

 

ーーラップはリアルな想いを乗せるのにぴったりなんですね。ラップを本格的にはじめたのはいつからなのでしょうか?

最初は聴くのが好きだったので、自分がやるとは思っていなかったです。本格的にはじめたのは25歳くらい。曲を作ったりライブをしたり、PVを出したりしました。

というのも、25歳の時に母親が亡くなってしまったんです。そのやりきれない気持ちを表現したくて歌にしたのをきっかけに、本格的にはじめました。

神様というのは不公平で 時とともに病気がどんどん進んでいき/俺は何も出来なくて…/弱音一つ吐いたりせず 常に前向きなあなた見て/逆に俺が元気もらって 本当は支えになる側なのに/でもこれからは大丈夫 心配性すぎるあなたに ゆっくり休んでもらわなアカンしな/まぁ天国で見といてくれや…

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歌に込める想い

–慎さんは作業療法士として様々な想いを抱いていると思います。歌には、どのような想いを込めていますか?

大きく2つあります。

1つは、当事者さんと作っている曲です。地域生活支援センターやピアサポートの方にお話を伺って、その想いを曲にしています。誤解や無知を世間に訴え、多様性のある社会になるように想いを込めました。

病気を告白したりしたら何故だか誤解される/甘えてる言い訳だなんて言葉を平気で浴びせられる/鏡じゃなく包丁に映る自分/病のくさりに縛られた気分 欲しい自由/足はどっこも悪くないのに1歩も動けやしない

病気を抱えている人は「社会の1歩外にいる感覚」があるそうです。一般的な考えだと、そこから「社会に戻してあげる」のがリハビリテーションだと思ってしまいますよね。ですが「よくわからなくてこわい」と思うのであれば、社会側も当事者の方のことをもっと知って、いろいろな人がいるのが当たり前な社会になってほしいとおっしゃっていました。

「仕事をしていないといけない」という社会の風潮があると思うのですが、本当にそうなのかなって。仕事をしたくても難しい社会というのもありますし、「果たしてそれは当事者側だけの問題なのかな?」と考えさせられました。

 

2つめは、作業療法士として作っている曲です。今悩んだり、苦しんでいる方の力に少しでもなれればという想いを発信しています。

また、作業療法士はそもそも「作業」という言葉の定義が広いこともあり、アイデンティティが曖昧になりがちだと思います。

自分も今現在、悩んでいます。自分を含め同職種の方には改めてこの仕事について考えてほしいですし、その他の方には作業療法士という仕事について知ってほしいです。

声にならない声を聞き分けたい どうにか思いを汲み取りたい/治癒じゃなく寛解 それ自体が僕にはさっぱりわかんない/幻覚や妄想があったら本当にその人はダメなのかな? そこに至るまでに何かあったんじゃないか/それを考える努力をしたい 共感なんて簡単じゃない、が/共に歩みたい 共に感じたい 共に悩みたい/共に笑いたい

この曲は1番評判がよく、悩みを持っている方からは「この言葉に救われた」、「息子が精神の病を持っていて…」とその家族から、また作業療法士からは「原点にかえらないとなと心に響いた」といった感想をいただきます。

他には虐待や、自分のアレルギー、自分の半生について、亡き母、嫁さんへ、地元滋賀県の歴史などの曲を作っています。

 

ーー当事者や同職種をはじめ、様々な人に届いているんですね。どのような人に慎さんの歌を聞いてほしいですか?

今悩んでいる人やその家族、医療福祉職の方に届いてほしいというのが1つ。それから、1番聴いてほしいのは精神の病や医療福祉を身近に感じていない人です。

こういうことで悩んでいる人がいる、こういう仕事がある、実は身近であり、様々な人が居ていい社会なんだと思ってほしいです。

 

ーー医療や福祉はどこかお堅くて、自分には関係ないと思われがちですもんね。

医療や福祉の講演会は、無関係だと思っていたらまず行かないですよね。それに精神の病を抱える方は、見た目では「何に苦しんでるの?」と思われる方が多いため、本当は関係があるのに無関係だと思い込んでいることもあります。

実は身近にいて、自分がなる可能性もあると知っていたら。精神の病がある人を誤解せずやさしく接することができたり、自分がなりそうになった時には助けを求めることができます。

病気の認知度をあげるというよりは「そういう人がいてもいいやん」という社会になってほしいです。僕は音楽というツールを通して、聴きやすく、受け入れやすく届けていきます。音楽にはその可能性があると思っています。

 

メッセージ

ーーそれでは最後に、精神科作業療法士を目指す人に向けてメッセージをお願いします!

身体のメカニズムとは違い、精神的な面は教科書通りのように答えがハッキリとしていません。価値を持っていることなんて人それぞれです。

なので、向上心がある方にとっては自分を保つのがすごく厳しい世界だと思います。成果が出ているのかわからなくて自問自答してみても、答えが出ないことも。

でもその半面、介入や答えがパターン化されていないからこそ、試行錯誤していく楽しさがあります。試行錯誤した結果、対象者が「生きていて楽しい」と思ってくれたときはうれしいです。

今、精神の病のある方で支援が届いていなかったり、世間の無理解に苦しんでる人が沢山います。精神科の作業療法士はそのような方々と一緒に考えていける職業ですので、ぜひ精神科の作業療法士を目指してほしいです。

そしていつか同職種としてお会いしたいです。

 

慎 the spilit|楽曲情報

「療法士EP」配信サービス、視聴

CD、Tシャツの購入ほか活動支援

歌詞、歌詞解説

 

【編集後記】
今回インタビューしたのは慎 the spilitさん。慎さんがお話してくださったエピソードにあったように、私たちはどこかで病気や障害を抱えている人は社会の1歩外、時には自分より下にいるという感覚を持っていると思います。「支援してあげなきゃ」「社会に戻してあげなきゃ」そう考えるとき、私たちは自分にとっての幸せは他人にも当てはまるという思い込みのもと、押し付けているのではないでしょうか。慎さんの歌は、忘れかけていた想いや思い出させてくれたり、見落としていた視点を与えてくれます。各配信サービスで配信されていますので、ぜひチェックしてください。

(編集者:佐藤奈摘|Twitter)

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