キズキビジネスカレッジ事業部長
林田絵美 はやしだえみ(Twitter)
ADHD当事者。公認会計士。
早稲田大学政治経済学部卒業後、PwCに入社。社会人1年目のときにADHDと診断される。
2018年9月、個別指導塾「キズキ共育塾」を展開する株式会社キズキに参画。うつや発達障害によって離職した人の就労を支援する就労移行支援事業所「キズキビジネスカレッジ」を立ち上げる。
障害福祉サービスの一つに、「障害者の就労を支援する制度」が存在します。
そうした制度のもと、障害がある方の「働く」に向けてサポートをしていく場所が『就労移行支援事業所』です。
今回インタビューしたのは、キズキビジネスカレッジさん。
うつ・発達障害の方を対象に、専門スキルの習得と多様なキャリア形成を支援するビジネススクールになります。
就労移行支援を始めた経緯、サービスの提供を通して実現したい社会についてお伺いしました。
目次
就労移行支援事業所とは
就労移行支援事業所では、病気や障害のある方の就職を援助するために様々なサービスを提供しています。
体調管理の方法、職場でのコミュニケーションスキル、就職に必要なスキルなどを学ぶことができます。
また、実際の就職活動でのアドバイスや、就職後の職場定着支援も含む、総合的な就労支援を受けることが可能です。
利用方法
就労移行支援を受けるには、原則として、次の3つの条件を全て満たす必要があります。
- 18歳から65歳未満であること
- 一般企業への就職または仕事での独立を希望していること
- 精神障害、発達障害、身体障害、知的障害や難病を抱えていること
就労移行支援を受けるためには、障害福祉サービス受給者証が必要となります。
障害福祉サービス受給者証は市区町村役場の担当窓口で発行され、申請時には診断書など障害の有無が確認できる書類の提出が必要となります。
詳細はお住まいの地域の市区町村役場に問い合わせてみてください。
なお、障害福祉サービス受給者証の発行にあたって、障害者手帳の所持は必須ではありません。
障害者手帳がない場合でも、医師の診断があったり定期的な通院を行ったりしている場合には、自治体が「利用可能」と判断することもあります。
(個別面談の様子)
利用料金・期間
就労移行支援の利用料は、世帯収入などによって決まります。
最低0円から利用でき、負担が生じたとしても、月額で最大37,200円と、利用料に上限が設定されています。
また、就労移行支援事業所の利用が可能な期間は、最長で24か月となっています。
調子が安定せずに転職活動がうまく進まないという人でも、腰を据えてスキルの向上などに集中できる期間設定です。
カリキュラム内容
就労移行支援のサービス内容は事業所によって異なりますが、基本的には次の6つのようなサービスを受けられます。
- 基本スキルの習得:基本的なPCスキル、職場でのコミュニケーション方法など
- 専門スキルの学習:会計、英語、プログラミングなど
- 体調管理やメンタル面の相談:個別支援計画に合わせた面談
- 就職活動のサポート:雇用枠の検討、面接対策など
- インターン先や就職先の紹介:あなたに合った職場探しの手伝い
- 職場定着支援:就職後の定期面談など
サポート内容は多岐に渡るので、単に就職先を探すだけでなく、自分の可能性を広げられるというメリットがあります。
利用対象
就労移行支援を利用可能となる病気・障害の内容や程度は様々です。
例えば、以下のような病気・障害が対象となります。
- 精神障害:うつ病、双極性障害(躁うつ病)、統合失調症、適応障害、不安障害
- 発達障害:注意欠如・多動性障害(ADHD)、自閉症スペクトラム(ASD)、学習障害(LD)
- 身体障害:肢体不自由、視覚障害、聴覚障害、内部障害
- 知的障害:精神遅滞等
- 難病:パーキンソン病等(障害者総合支援法対象疾病)
対象となる病気や障害については、順次見直しがされています。
詳細は、厚生労働省のウェブサイトに掲載されていますので、そちらをご確認ください。
実際の利用の可否は、障害の程度や勘案すべき事項を踏まえた上で、お住まいの各地区町村にて個別に判断されます。
前述の通り、障害者手帳の取得は必須ではありません。
(今回掲載した内容の詳細はこちらから)
キズキビジネスカレッジについて
(キズキビジネスカレッジの内観)
–キズキビジネスカレッジとは、どのような就労移行支援事業所なのでしょうか?
キズキビジネスカレッジは、うつや発達障害などで離職した方の「もう一度働きたい」に応える就労移行支援事業所です。
「働きたくても働けない。」
「社会に戻ることは二度とできないかもしれない。」
「自分はもっとできるはずだ。」
このように、障害や病気を診断された方の中には、自分を責めてひとり悩みを抱え込んでしまう方が少なくありません。
私たちでは、うつや発達障害を抱えるそうした方々を対象に、様々なビジネススキルを学び直し、自分に合ったスキルや働き方、働き先を見つけるサポートをする学びの場を提供しています。
2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、これまでの新宿校に加え、オンライン校を開設しています。
事業所の特徴・魅力
就労に向けた個別面談はもちろん、様々な専門的なスキルが学べるプログラムを提供しています。
例えば、会計・ファイナンス、マーケティング、プログラミング、ビジネス英語などです。
どの講座も基礎から資格取得・実戦レベルまで対応しているので、初学者の方でも安心して身につけることができるカリキュラム内容になっています。
–様々なビジネススキルを学ぶことができるのですね。
自分自身(キズキビジネスカレッジ事業責任者・林田絵美)が発達障害の当事者ということもあり、発達障害の方は、様々な仕事に対して「向いている」、「向いていない」の差がすごく激しいなと思っています。
私と同じような特性で悩まれている方にとって、働く上で重要なことは、やっぱり「自分には何が合っているのか」を知ることなんです。そのためには、試行錯誤をする時間が必要だなと感じています。その試行錯誤をするためにも多様なカリキュラムを揃えました。
例えば、会計の講座であれば基礎的な知識から学び、実際に財務諸表を読んで企業分析などをしています。講座を受けるまでは、「数学が苦手だから会計は自分に向いていない」と思われる方もいらっしゃいます。ただ、会計って数字だけの世界ではなかったりするんです。
実際に講座を受けてみると、「意外と楽しい」「自分に向いている」という発見につながることもあり、そうした点でも多様なカリキュラムを揃えることは大切だと考えています。
–いちから勉強をはじめる方もいますよね。どのようなサポートをしていますか?
各分野のレベルは初級~中級でスタートし、初級の内容を活かしてアウトプットをしていく流れになります。
講座だけでプロフェッショナルを目指すのではなく、そこで学んだスキルをどう使うのかということが分かる内容になっています。会計・ファイナンスでいえば、基礎的な会計の知識を身につけて、どのように財務諸表を読んでいくか理解していくイメージですね。
それ以上に、簿記3級や2級といった具体的な資格の取得を目指すのであれば、必要に応じて教材提供なども行いながら個別で進めていただき、勉強の進捗状況の確認や質問受付等のかたちでサポートしています。
そのようなかたちで簿記3級の勉強を進めて、合格したという方が何名かいらっしゃいますね。
–WebマーケティングやWebライティングの講座についても教えてください。
Webマーケティングの講座では、Webのアクセス解析などに取り組んでいます。
実際のWebサイトのデータを見て、どんな人がアクセスしているのかを分析したり、今後の集客のために必要な施策を提案するというところまでを進めていますね。あとは、Web広告の作り方を学び、実際に作ってもらうこともしています。
Webライティングの方では、利用者さんにSEO記事を作成していただき、実際にキズキビジネスカレッジのホームページに掲載するという経験をしていただきます。検索結果で上位表示を狙うためのコツなどは講座のなかで解説し、それをもとに執筆していきます。競合性の高いワードで検索順位1位をとった方もいらっしゃいますね。
他にも様々なプログラムを提供しています。
例えば英語の講座では、外部のメディアサイトと連携して、利用者さんはそのサイトに載せるための英語記事の和訳や日本語記事の英訳などを行っています。
実際のWebメディアに掲載する記事の翻訳を行うので、実践力を身につけることができるんです。
–アウトプットする場を用意しているのですね。
はい、そこの部分は意識しながら提供しています。
就職する上で大切なのは、相手の期待値に応じて仕事をすることですよね。例えば、企業が求めている水準でアウトプットをするとか、相手が求める期限内に提出するとか。
そして、習得するのがなかなか難しいのは、そうした部分なんです。
私たちは、あえて実務で求められるような水準のアウトプットを要求し、そこに見合った成果を出すという練習を大事にしています。
–キズキビジネスカレッジでは、未経験やこれまで就労の機会がない方もいらっしゃいますか。
はい、そうした方もいらっしゃいますので安心してください。
最初の見学からでも大丈夫なので、ぜひ一度お問い合わせください!
設立の経緯
–設立の経緯を教えていただけますか。
キズキビジネスカレッジを運営している株式会社キズキは、約10年前から不登校や中退の方向けの個別指導塾「キズキ共育塾」を展開している会社です。
キズキ共育塾では主に大学進学のサポートをしているのですが、生徒さんの中には一定数、社会人の方がいらっしゃいます。なので、「社会人の学びなおし」というニーズは、会社として就労移行支援に取り組む以前から感じていたんです。
また、それとは別に弊社の代表である安田は、うつ病と発達障害の当事者でした。安田は新卒で入った会社を3か月で離職し、うつ病の診断を受けたんですね。そして、うつ病の診断を受けたころ、発達障害の診断もされたという経緯があります。
(キズキ代表の安田祐輔さん)
安田は大学へ進学して、就職活動するという道を辿ってきたのですが、診断を受けてから社会復帰をするとなると、当時は適切なサポートが見つからなかったんです。
そのとき、「障害の診断を受けたら、自分はもうキャリアを築けない」という気持ちになったそうです。
安田は、挫折やブランク、障害の診断を受けたとしても、自分のキャリアが再び築ける場所が必要だと当事者として感じ、そうした想いがキズキビジネスカレッジの設立に繋がりました。
就職実績・利用者さんの声
–現在卒業された方がどのような職種に進まれたのでしょうか。
キズキビジネスカレッジは、まだ設立間もないのですが、エンジニアとして就職された方や公益法人に就職されて、クラウドファンディングのサポート等をしている方などがいらっしゃいます。
どちらも今年(2020年)の4月からの就職になりますね。
–すごいですね!
就労移行支援事業所のなかには、PCの基本的な操作方法や掃除・梱包作業の練習、あいさつの訓練など、「比較的簡単なこと」を中心に取り組まれているところも少なくありません。
もちろん、それが簡単かどうかは人それぞれであって、またそうした支援を必要とされている方が多いことも事実です。
一方で、それ以外の支援を必要とされている方々もいらっしゃいます。「キズキビジネスカレッジなら『障害があっても自分らしいキャリアを見つけたい』という人に向けたサポートを受けられそうだ」という声はいただいています。
公務員や外資系で勤めていた方など、ビジネスキャリアをそれなりに築いてきた方が障害福祉サービスを利用する際、その受け皿は現状あまり多くありません。キズキビジネスカレッジでは、そうした方々も対象にサービスを提供しているんです。
就労移行という選択肢
キズキビジネスカレッジ事業部長、林田さん
–林田さんは、どのような経緯から就労移行支援をはじめたのでしょうか。
私は大学生のとき、公認会計士の試験に受かりまして、そのまま新卒で監査法人に入社しました。
私は、子供のころから自身の発達特性に違和感を持っていました。「障害」という診断は受けていなかったけれども、あんまり自分が器用に生きられるタイプではないなと感じていました。
そうした中で、「自分が生き延びるにはどうしたらいいだろう」と考え、「自分で実力をつけて、それで生きていくしかない」という結論に至ったんです。なので、最初は公認会計士としてのキャリアをスタートすることになりました。
実力社会の中で生きていくという覚悟を持って、社会人になったんです。
–1年目は会計士だったのですね。監査法人での仕事はどうでしたか。
監査法人は実力主義なところがあり、若手1年目でも周りより優秀ということがあり得ますし、昇進の際には1ランク飛び級して昇格するケースもありました。
ただ私の場合、そうした会計云々の前に「コピーをとる」、「会議に必要な資料を揃える」といったところでつまずきました。
「そんな自分」を認識したときは、衝撃を受けましたね。
元々すごく上の方を目指していたのですが、自分はこんな「下」の方にいたのかと感じ、自分に対してショックを受けました。
そのあとは、職場以外の要因も重なりストレスなどで過呼吸を起こしたこともあり、病院で診察を受けたんです。そして、社会人1年目のときにADHDと診断されました。
診断を受けて以降も、服薬をするなどして、その職場でやっていこうと思ってはいました。ただ、2年目の後半くらいから、これからどうしていこうかなと考え始めたんです。
考えるうちに、自分と同じ境遇の人が他にもいて、その人も私と同じように悩んでいるのではないか、ということに気づいてきました。
そこで当初は、会計士としての経験や発達障害の当事者として、「発達障害の人のための会計士の予備校をつくりたい」と思っていました。
ただ、ちょうどそのときに、キズキ代表の安田に出会ったんです。そして安田から、キズキで発達障害の方の就労支援を検討していると聞きました。「ぜひ、やらせていただきたいな」と思い採用試験を受けて、キズキに転職しました。2018年の9月ですかね。
そこから半年間でキズキビジネスカレッジの立ち上げ関係のことを行い、2019年4月に開所となりました。
立ち上げ時期では、クラウドファンディングで資金を集めたりと、0を1にする部分に取り組んでいました。最初は体制が整っていなかったり、スタッフを疲弊させてしまうこともあったりしたのですが、少しずつ組織としても成長し、今のキズキビジネスカレッジがつくられていきました。
スタッフには本当に感謝しています。
事業所での体験
(講座は基礎から資格取得・実戦レベルまで対応)
–利用者さんとの関わりで、嬉しかったことはありますか。
「こんなスタッフやサービスには、他の事業所などでは出会ったことがない」と言ってもらえたときは、嬉しいですね。
当然、他の就労移行支援事業所やサービスを「他」と一括りにすることはできなくて、それぞれ特徴があるとは思います。ただ例えば、ある利用者さんでいうと、相談に行った際に「あなたは発達障害に見えない」や「支援は必要ない」と言われたそうです。
そうした「見えない」部分に悩まれている方は実際にいて、私や代表の安田はそうした経験がある当事者になります。
「他では○○と言われたけど、キズキビジネスカレッジではちゃんと理解してくれた。」
「キャリアアップに繋がることをしたくて、ここではそうしたサポートが受けられる。」
このような感想をいただける機会があり、やっていて意味がある仕事だと感じています。
あとは我々の意図としては、ただスキルアップを目的とするのではなく、その過程でいろいろな「自分にとっての合う・合わない」を見つけてもらえたらいいな、と考えています。
現在取り組んでいることが自分に合わなかったとしても、それが利用者さんに「気づき」を得てもらうきっかけになったのであれば、本当に嬉しいですね。
社会へのメッセージ
(個別スペースの様子)
–利用を検討されている方々に向けてメッセージはありますか。
私が発達障害の診断を受けた直後くらいに、勇気を出して障害のことを知人に話してみたら「そんなことは気にする必要がない」、「甘えだ」と言われことがありました。
私が勝手に「理解してもらえるはず」と期待していた部分もあるのですが、それでもやっぱり「受け入れてもらえなかった」と感じていました。
障害特性を持つ場合、「勇気を出して話してみたらダメだった」という経験をされた方は、少なくないのではないでしょうか。
もちろん安易に「なんでも相談してください」と言うつもりはありません。私たちが当事者だからといって、また支援歴が長くても、分からないことはたくさんあると思っています。
ただ、それでも勝手な主観や経験則のみで判断せず、1つの事実をちゃんと受け止めたうえで考えるのが私たちのスタンスです。
たった一度の相談で明確な答えが出せるとは限りませんが、まずはお話を伺って一緒に考えていきながら、サポートさせて頂けたら嬉しいです。
支援を通じて、事業所としてできることや提供できる選択肢や機会も増やしていきたいと考えています。一緒に前に進んでいただける方は、相談にきてくれると嬉しいです。
–最後に社会に向けてのメッセージをお願いします。
本当は、お互いの違いを何でも認め合うことができると良いのだと思います。ただ現実論として、難しい場合は多々ありますよね。
ADHDであればケアレスミスが多く、それが個性だと言われることもありますけど、実務でそれを個性と認めることは中々大変なこともあるのではないでしょうか。なので、障害がある側が一方的に配慮されたり、それを仕方ないとして認めてしまうことが正しいとは考えていません。
その代わり、上記のようなシーンに直面したとき、お互いどうすればよいのかという思考に切り替われたらと良いなと思っています。
お互いの非を責めあう社会ではなく、解決策を探し合う社会というのが良いのではないでしょうか。その解決策が「就労移行」で提案できるのであれば、使っていただければと思いますし、それ以外の方法があるのなら、そちらを選択して欲しいです。
人は、自分が取りうる選択肢が、自分が望まないものに限られてしまったときに、「自分にはもうこれしかないんだ…」と絶望するのではないかと考えています。
障害の有無にかかわらず多様な選択肢から選択できるように、人が集まり考えていく社会ができたら素敵だと思います。
そうした社会を築くためにも、私たちができることはたくさんあるし、ぜひ皆さんと一緒に働きかけていきたいです。
【編集後記】
就労移行支援事業所「キズキビジネスカレッジ」。創設には、代表の安田さん、そして林田さんの想いが込められていました。
キズキビジネスカレッジが対象とする「うつ」や「発達障害」は、その障害が「見えにくい」という特徴を持っています。そうした見えにくさは、周囲だけでなく、当事者自身を苦しめてしまうことも少なくありません。
就労移行支援事業所に対する評価やイメージは人それぞれだと思います。ただ、1つの「選択肢」として検討しておくことは、ちょっとした希望に結びつくのではないでしょうか。
(編集:伊藤弘紀|Twitter)