株式会社デフサポ代表取締役
牧野友香子 まきのゆかこ(Twitter|YouTube|HP)
先天性の感音性難聴で、両耳120㏈の重度聴覚障害者。2児を育てるワーキングマザーで、第1子は50万人に1人の難病がある。
一般校に通いながら神戸大学へ進学、ソニー株式会社の人事として7年間勤務。2017年、デフサポを設立。ことばの教育の重要性を実感し全国にデフサポの教材を届けている。
日本で難聴児として生まれてくるのは約1000人に1人。難聴は音を聞き分けられなくなるだけでなく「ことばの力」の低下にもつながります。
今回インタビューしたのは、重度感音性難聴の当事者である牧野友香子さん。難聴者へのことばの教育とカウンセリングを行う「デフサポ」の運営をされています。
この記事でご紹介するのは、牧野さんが経験してきたコミュニケーションの困難や、難病の子どもを出産したことで実感した情報・選択肢の少なさの問題、難聴児へのことばの教育の重要性。
「ことばの力」の低下は、思考力の低下だけでなくさまざまな問題に繋がります。難聴児が「ことばの力」を育むためには、どのようにしたらいいのでしょうか。
目次
難聴とは
難聴の種類
ーーまずはじめに、難聴にはどのような種類があるのか教えていただけますか?
難聴には「伝音性(でんおんせい)難聴」と「感音性(かんおんせい)難聴」「混合性(こんごうせい)難聴」の3種類があります。
「伝音性難聴」は音が伝わりにくくなる難聴です。耳が遠いおじいちゃんおばあちゃんを想像すると分かりやすいと思います。この場合、補聴器で音を大きくすれば音を聞き取ることができます。
それに対して「感音性難聴」は、補聴器で音を大きくしても正常に音を聞き取ることができません。音が歪み、ことばを聞き取ることが難しいため、ことばを覚えることも難しくなる問題があります。
「混合性難聴」は、この伝音性難聴と感音性難聴の両方が合わさった難聴です。
ことばの覚え方
ーー感音性難聴や混合性難聴でことばを覚えるのが難しい場合、どのようにことばを覚えていくのでしょうか?
「人工内耳(じんこうないじ)」や補聴器を装着することで耳を使いながら覚えていく「聴覚活用」と、手話の2つのパターンがあります。
人工内耳や補聴器を装着しても正常に音が聞こえるわけではないので、聴覚活用でことばを覚えるのは難しいです。
例えば「iPhone」。同じ「iPhone」を指していても、人によって「携帯」と言ったり「スマホ」と言ったりします。正常に聞こえる人は、生活の中で様々なことばを耳にしているので、意識せずともこの3つが同じ「iPhone」を指すことばであると分かります。
ですが、難聴の子どもは「iPhone」と言えば分かっても「スマホ」と言った途端、それが何を指すのか分からなくなったりするんです。家で使うことばが決まっていると、そのことばだけで覚えてしまうためです。
他にも例えば「コップ」や「マグカップ」、「グラス」など、いろいろな言い方をすることばがあります。家で「コップ」ということばを使っていれば、「コップを持ってきて」で会話が成立しますよね。家では問題なく会話ができるため、親御さんは子どもが「コップ」について理解していると思ってしまうのですが、実はいろいろなことばが抜けている場合があります。
そのため聴覚活用でことばを覚えていくためには、ご家庭であえて「机」や「テーブル」などいろいろな言い方をしたり、意識して助詞を使うようにし、耳にすることばを増やすことが重要になってきます。
重度聴覚障害者|デフサポ代表 牧野友香子
難聴者のコミュニケーション
ーー牧野さんは、唇の動きでことばを読む「読唇術(どくしんじゅつ)」で会話をされていますよね。どのようにして読唇術を使えるようになったのでしょうか。
まず、私が先天性の感音性難聴だと分かったのは2歳の時でした。技術が進歩して生後3日で難聴が分かる今と比べると、難聴だと分かったのが遅かったです。
「耳が聞こえていないのでは」と気付いたきっかけは、電気がついている時に「おやすみなさい」と言うと反応するのに、電気を消すと反応がなかったからだそうです。それで難聴だと分かったのですが、その気付くまでの2年半の間に、私は自然と唇の動きを読んでいたみたいです。
そこから徐々に唇の動きを読んで会話ができるようになっていったので、特に読唇術の練習はしていません。
ーー耳が聞こえなかった分、何かで補おうとしたんですかね。ことばのイントネーションはどのように覚えたのでしょうか?
唇の動きを読む練習はしなかったのですが、話す練習はしました。話しても、正しく発音できているのか、自分の耳で確認することができないため難しいんです。
子どもの頃は親にフィードバックをもらったり、友達に注意されたことを直しながらイントネーションの練習をしました。
私は関西出身なのですが、関西弁のイントネーションが違うと違和感があるらしいんですね。「なんでやねん」を棒読みしていたら「ツッコミやから”ねん”を強く」と友達が注意してくれたので、そのおかげでイントネーションは上手くなったと思います。
ーーイントネーションは教えてもらいながら習得できたんですね。子どもの頃、コミュニケ―ションで困ることはありましたか?
子どもの頃は、補聴器を付ければみんなと同じように聞こえている思っていました。補聴器を付けて聞こえる音より、みんなが更に聞こえているという発想がなかったんです。
例えば、友達に遠くから10回呼ばれて、11回目に私のところまできて「ユカちゃん」と声をかけられたら、私はその時が1回目だと思ってしまいます。友達は10回も呼んだのに私の反応がないので「聞こえないんだな」と気づくのですが、私はそのことを知らないままなんですよね。
このように遠くから呼ばれたら聞こえることや、他のグループの話声が聞こえると知らなかったので、そのギャップからコミュニケーションで問題が起きていました。
また、友達に耳が聞こえない状態をうまく説明することができませんでした。耳が聞こえないと伝えると「全く聞こえないから喋れないんだ」と思われやすいんですね。なので、私がしゃべると「なんだ、結構聞こえてるんだ」と思われはじめます。
そのうち全く聞こえていないことを忘れられて、後ろから話しかけられたり「無視してる」と言われたりもしました。自分の状況を分かってもらうまでは大変でしたね。
難聴者の働き方
ーー牧野さんは以前SONYで働いていらっしゃいましたが、その際に配慮してもらったことはありますか?
まず、電話をなくしてもらいました。私は人事の仕事をしていたので、電話がよく鳴るんですね。デスクに電話があるのに電話をとらないと、私のことをよく知らない人にとっては「新人なのに電話とらない」と印象が悪いかなと思い、電話そのものを無くしてもらいました。
私宛の電話が来た場合は、メールで返事をしてもらいます。電話で代わりに答えてもらうと、その後も誰かの負担になってしまうので、1度私宛にかかってきた電話は、メールで私が引き継ぐ形を取っていました。
それから、大人数のミーティングでは、議事録を書く人の隣に座らせてもらいました。8人までなら唇の動きを読むことができるのですが、10人以上だと内容を把握することが難しいので、議事録を見て内容が把握できる位置にしてもらっていました。
今は自分で「デフサポ」という会社を立ち上げたので、自分が働きやすいようにできています。
難病児の子育て
ーーデフサポの設立は、難病のあるお子さんを出産したことがきっかけになっていると思うのですが、出産時のことを教えていただけますか。
妊娠8ヶ月の時に「骨が短いかも」と言われ、検査入院をしました。病気があるのかないのか、はっきり分からなかったので「病気がない可能性」を信じたかったのですが、出産すると子どもには50万人に1人の骨の難病と、片耳難聴がありました。
私は難聴なので、ただでさえ子どもを育てるのが大変です。何かあっても病院に電話できませんし、子どもの泣き声も聞こえません。「なんで自分だけ」と精神的にかなり追い込まれてしまいました。
ある時、泣きながら「子どもに病気があったら、私はきっと育てることができない」と親や夫に話をしました。そうしたら「育てられなかったら代わりに育てる」と当たり前のように言ってくれたんです。
「どこにも預けられない」「私が頑張らなきゃ」と切羽詰まっていたのが、親や夫に頼ることができると分かり「なんとかなるから腹をくくってやってみよう」と思えるようになりました。
ーー難病のあるお子さんの子育てを通して、どのような問題意識を持ったのでしょうか。
難病の子どもを産むと選択肢や情報が少ないことが問題だと思っています。
難病の子どもを産むと、母親が仕事をやめることを前提に物事が進んでいくんです。子どもを保育園に預けようとすると「お母さんは仕事を辞めて、付きっきりでお子さんを見ますよね」と。「辞めます」と言わざるを得ない雰囲気でした。
ですが、「夫が専業主夫になります」と言うと、手のひらを反したように態度が変わったんです。「母親は仕事を辞めて家で子どもを見ろ」と言われ保育園に預けることができないのに、夫の場合は保育園の診断書を書いてもらえるのはおかしいですよね。
それから、子どもの選択肢も少ないです。療育センターでリハビリをしてもらえるのですが、例えば「先生が合わないから違う先生のところに行きたい」と思っても、住んでいる地域によって通える療育センターが決まっているので、移動することができないんです。
しかも療育センターを利用すると、病院のリハビリは受けられなくなってしまう場合もあります。どこに住んでいるかによって選択肢が限られてしまうのはおかしいと思いました。
ーー情報が少ないことには、どのような問題があるのでしょうか。
情報が少ない難病では、どれだけの情報を集められるかが親にかかっています。
私は医師や医療関係の知り合いが英語やドイツ語の論文を調べてくれたので、情報を集めることができました。ですが誰もがこのように情報を集められるわけではないですし、どのタイミングでその情報を得ることができるかによって、子どもの将来が変わることもあります。
私の子どもは、手足から助骨まで、骨の長さが左右ですべて異なります。そのままでは歩くのが難しいので、脚の長さを同じにできるよう、左右差のある厚底の靴を作りました。その靴を作ってくれる場所を探すのも大変だったのですが、最初に作ってもらった靴は、重さがあったんです。
重たい靴だと子どもは履かなくなりますよね。靴を履かなかったら、全身の骨が歪んでしまうと言われました。
私は知り合いの義肢装具士に対応して頂けましたが、その選択肢がなければ子どもの将来が変わってしまっていたかもしれません。
難聴者の未来を華やかに|デフサポ
設立経緯
ーーデフサポを立ち上げた理由を教えていただけますか。
難病のある子どもを産んで、情報をなかなか得ることができずもどかしい思いをしたことがきっかけです。選択肢も情報も少ないうえに地域差もあるので、医療機関でも学校でもない第三者の当事者の視点だからこそ届けられる情報があるのではと思いました。
それから、私はろう学校ではなく通常学級に通ってきた重度聴覚障害者であり、かつ難病の子どもを育てているので、私のような人がいることも知って欲しいと思いました。
それでブログを書きはじめたところ「ことばをどうやって教えたらいいのか分からない」という声が多く届いたので、教材を作りました。
ーーことばの教え方などの情報は、どこで得ることが多いのでしょうか。
今ではTwitterなどのSNSがありますが、ろう学校や病院の先生から情報を得ることが多いです。
ろう学校や病院の先生は、言うことが極端に違うことが多いんです。例えば、病院の先生は「人工内耳を入れましょう」、学校の先生は「手話を入れましょう」と。少ない情報の中で頼れる2人の先生が両極端なことを言っていたら、どの情報を信頼したらいいのか、悩みますよね。
それに先生はとても勉強をされていますが、当事者ではないんですよね。デフサポでは、親御さんが安心して選択できるよう、医療機関とろう学校、それに加えて当事者だからこそわかる情報も伝えています。
ーーどのような悩みを持つ方がデフサポを利用されているのでしょうか。
難聴の子どもを出産したばかりで不安な親御さんや、人工内耳を入れるかどうか、ことばの教え方に悩んでいる親御さん、学校の選択を迷っている親御さん、難聴があり就職で悩んでいる方、仕事で難聴者と関わりがあり難聴について知りたい方が利用されています。
対面やチャット、オンラインで定期的にカウンセリングをしています。
「ことばの力」を育む教材のこだわり
ーーデフサポの教材の特徴を教えていただけますか。
言語聴覚士と難聴の当事者が一緒に作っていること、オンラインであること、カスタマイズしていることの大きく3つの特徴があります。
まず、1番大きな特徴は言語聴覚士と難聴の当事者が一緒に制作していることです。ことばは基本的に言語聴覚士が、そこに私や当事者の体験談や「こういうことを知っておきたかった」ということを入れ込んでいます。
例えば、小学校の席替えについて。耳が聞こえないから先生の声が聞こえるように前の席がいいと思いがちですが、私の場合はみんなの様子が分かる後ろの席のほうがよかったです。他にも勉強で苦手になりやすいポイントも入れ込んでいます。
2つ目の特徴は、オンラインであることです。どこでも誰でも利用でき、地域によって選択肢の格差もありません。実は、ろう学校は親が子どもに付き添い通学する必要があるところがほとんどで、親は仕事を辞めるのが一般的なんです。
しかしデフサポは、徹底的にサポートするため、専業主婦だけではなく、働いている親御さんもたくさん利用しています。仕事を辞めたくなくて悩んでいる親御さんに「働いてもいいですよ」と言うと、「保育園に入れてもいいんですか」「働いてもいいんですか」と驚かれます。
3つ目は、子どものことばのレベルに合わせて教材をカスタマイズしていることです。難聴の子どもは、耳にすることばの数によって、ことばの発達レベルが異なってきます。そのため、「1歳だから1歳向けの教材」とすることができないんです。子どもの得意・不得意に合わせてカスタマイズした教材を、毎月お渡ししています。
(小学生の言語レベルの教材例|デフサポ提供)
ーーことばの教育をメインにされている。
「思考言語」と言って、人はことばで思考しています。そのため、ことばを獲得できないと思考力が低下し、聴覚だけでなく知的にも障害があると思われることが多いです。コミュニケーションを対等にとることができないと、社会性も身に付きにくくなります。
病院では「聞こえ」のフォローをしますが、ことばまでフォローすることは少ないです。ろう学校も手話がメインなため、デフサポのようにことばの教育をする場所はあまりないんです。ですが「ことばの力」は思考力や想像力、コミュニケーション、社会性、勉強の理解度にもつながる大事な力です。
日常会話ができていると、親御さんはどのことばや文法が抜けているのか気付くのが難しいです。
例えば、子どもに向けて使うことが少ないキッチン用語や、音を象徴的に表す「オノマトペ」、省略しがちな助詞、慣用句などの抽象的なことば、「コップ」や「マグカップ」などいろいろな言い方があることば。
デフサポではこのようなことばをしっかりとフォローし、「ことばの力」を育むサポートをさせていただいています。
ーーデフサポの運営を通して、うれしいと感じることはありますか。
デフサポを利用しはじめるほとんどの方は、悩んでいたり、ショックを受けています。「お子さんは耳が聞こえません」と言われたらショックですし、どうしたらいいのか分からないですよね。その状態からカウンセリングをして「モヤモヤが晴れた」「勇気が出た」と言ってもらえるとうれしいです。
それから、子どものことばが増えていくこと。同級生の子と遊んだり、喧嘩できるようになったと聞くと、それだけことばの数が増えて、自由なコミュニケーションができるようになったんだとうれしく思います。
メッセージ
ーー最後に、難聴の子どもや、その親御さんに向けてメッセージをお願いします。
難聴の子どもは、これから先、楽しいことも、辛いこともたくさんあると思います。でも学生の時よりも大人になってからの方が楽だと知っていて欲しいです。なぜなら、学校はクラスが決まっていて、それを簡単に変えることはできないけど、大人になれば付き合う人を選ぶことができたり、自分で道を切り開いていけるから。今辛くても、将来の方が楽しいことがたくさんあるよと伝えたいです。
親御さんは、お子さんが小さい時にはたくさんしゃべりかけたり、大変なこともあると思います。ですが、その少しの時期を頑張れば、子どもは自然とことばを覚えていきます。自分の子どもの将来がどうなっていくか見えない分、すごく不安だと思いますが、自立して自分らしく過ごせるようになるので、心配しなくても大丈夫と伝えたいです。デフサポで力になれることがあれば、いつでも相談してください。
【編集後記】
今回インタビューしたのは、牧野友香子さん。デフサポのほか、Youtubeでも様々な情報を発信していますので、ぜひチェックしてみてください!
難聴児の90%以上は耳の聞こえる両親のもとに生まれてくるそうです。耳が聞こえる親御さんは、テレビの声や他人の会話から無意識的にことばを覚えることができるため、聞こえない子どもにことばを教えるのが難しくなります。印象的だったのは、「ことばの力」は思考力だけでなく、想像力やコミュニケーション、社会性、勉強の理解度にもつながるということ。ことばを習得することは、難聴児の選択肢を広げることにつながるのではないでしょうか。
(編集:佐藤奈摘|Twitter)