株式会社ラック
エンジニア 外谷渉 そとやしょう (Twitter)
1987年生まれ。岩手県盛岡市出身。生まれつき全盲。
システムインテグレーション部門で3年間、開発業務に従事後、ラックの監視サービス用ログ分析システムの開発を3年担当。2015年より研究開発に従事。2018年「サイバーセキュリティに関する総務大臣奨励賞」を受賞。現在、ラックのサークル活動では囲碁サークルの代表も務める。
障がい者雇用促進法が定められて以降、官民一体となり適用されている「法定雇用率」。
企業によっては対応が十分ではないこともあるなか、積極的な環境整備に取り組んでいる企業があります。
株式会社ラックはそうした企業の1つです。今回は株式会社ラックに所属する全盲エンジニアの外谷渉さん、同じく全盲で人事の石山朋史さんにお話をお伺いしました。
「全盲で働くとはどういうことなのか」
「職場で必要な対応や環境整備はどういったものなのか」
「仕事をするうえでの課題や改善点とは何なのか」
ひょっとすると、これまでの私たちが持っているイメージとは違う、新しい障がい者雇用のあり方が見えてくるかもしれません。
目次
視覚障がい者のエンジニア職
株式会社ラックとは
–まず企業概要について教えていただけますか。
ラックはサイバーセキュリティ事業の会社と言われますが、システム開発事業で1986年に設立された会社です。同じくシステム開発事業のエー・アンド・アイ システムと、ITインフラ事業のアイティ―クルーの3社とホールディングスカンパニーが2012年に経営統合して、現在のラックとなります。
特徴的なのは、インターネットの利用が民間に開放された、翌年の1995年に日本初のセキュリティ事業をスタートし、インターネット創世記から、サイバーセキュリティ領域で活動しています。
さらに、2000年に開催された九州沖縄サミットでは、政府のネットワークをセキュリティ監視したり、2005年の個人情報保護法施行に合わせサイバー事故救済サービスを展開したり、現在では安心・安全なデジタル社会づくりを、ITサービスを通して提供しています。
株式会社ラック
独立系ITベンダーとして30年以上の歴史を持つ、東京証券取引所JASDAQ上場企業。
セキュリティ対策のリーディングカンパニーとして、緊急対策をはじめ、セキュリティ診断やセキュリティ体制の構築・運用支援、24時間365日のセキュリティ監視まで、トータルソリューションを提供。ラックのサービスや製品はこちらから。
障がい者エンジニアの雇用状況
–それでは、ラック様の障がい者雇用に関する状況をお伺いしても宜しいでしょうか?
障がい者雇用に関してですが、当社ではキャリア採用と新卒採用の1つとして行っております。外谷の場合は、新卒の一般採用をしていたら申し込んでくれたので、通常の新卒採用と同じように選考しました。
セキュリティ関係の技術者やシステム開発の技術者、あとは管理部門系のオペレーショナブルな部分の担当など様々な分野で募集しています。特に障がい者の方だから「この仕事お願いします」というような限定はせず、その方がどのようなことをやりたいのか、あるいはできるのか、それに応じて、仕事を用意していくかたちです。
当社では、障がい者雇用として就労している方が23名おります。法定雇用率として求められる2.2%に対しては、当社2.54%です。在籍されているメンバーの内訳は、エンジニアが6名、あとはヘルスキーパーや事務系の業務を担当しています。
そのなかで視覚障害の方の割合は約半分の47%です。全員が重度身体障がい者で、会社として必要なサポートはしながら、特技やスキルを生かしてもらえるよう配慮しております。
–視覚障がい者の方が47%いらっしゃることに何か理由があるのでしょうか?
特に視覚障がい者を優遇して採用しているというわけではありません。外谷のような視覚障がい者が活躍している実績がありますから、そういった点を評価して応募してくださる方が多いのかもしれません。
(今回取材に協力頂いた人事の石山朋史さん:写真左)
外谷渉が全盲エンジニアになるまで
外谷の生い立ち
–自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?
外谷渉と申します。出身は岩手県で、1987年の昭和62年生まれです。
先天性と言いきって良いか分かりませんが、目の小児がん的な網膜に腫瘍ができる病気でした。見えた記憶はないので、ずっと全盲の状態ですね。
学校は地元の盛岡市にある盲学校へ通っていました。そこで幼稚部から高校卒業まで14年間過ごしました。プログラミングを始めたのは中学生の時になります。当時の担任が数学の先生でして、教科書が早めに終わり「やることないね」というタイミングで、プログラミングを紹介してくれました。最初は数学の教科書にベーシックと呼ばれるプログラミング言語のリファレンスがあったので、教室のパソコンで動かしたりしていました。それで進めていくと「中々おもしろいな」と。大学で情報系を専攻するのも良いなと思い始めたのです。
エンジニア職に就くまでの経緯
その時に私が紹介して頂いたのが、愛知県にある日本福祉大学です。当時はそこに情報社会科学部がありまして、視覚障害に対する受け入れ実績もあったので、岩手から大学入学を機に愛知へ行きました。2009年に卒業した時、どこで就職しようかなと思い色々なところを受けてみたんですけど、おおむね落ちまして。
「どうしようかな」って思っていた時に、偶然見つけたのが今ここにいる人事の石山さんの記事でした。「全盲でシステム開発会社で仕事をしている」と紹介されていたので、それを誤読して石山さんがシステム開発しているんだと思って…
(突然の告白に驚く人事の石山さん)
全盲でもシステム開発の仕事をされている人がいる会社なら大丈夫だろと思い応募したら、そこで初めて石山さんが人事だと気づいて。実は現場に全盲でシステム開発をしている人間はいないという話になったんですけど、なんだかんだ無事就職はできました(笑)
–そうだったんですね。お話を聞くなかで気になったのですが、実際に視覚障害の方が学習する際は、どのようなかたちで勉強していくのでしょうか?
盲学校に在籍していた時は、基本的にすべての教科書が点字でした。弱視の方だと拡大教科書になりますかね。プログラミングに関して言えば、実際にパソコン自体はスクリーンリーダーと呼ばれる画面の読み上げソフトです。それを使うと、自分が打ち込んだ文字を読みあげてくれるので、それを活用しながら教科書に載っている例を実際に入れてみて、どうなるのか確認してみたり。当時の担当だった先生もちょこちょこアドバイスをくれました。
良くも悪くも盲学校は生徒が少ないのです。私の時は学年で2人でしたし、ほとんどマンツーマンみたいな環境だったので、私としては楽しかったですね。
–ちなみに外谷さんは、数学が一番得意だったんですか?
どうでしょうね。嫌いではなかったですが、基本的にどの教科もできたので…
(外谷さん、すごい笑)
視覚障がい者×エンジニア職という働き方
現在の仕事内容
–すごいですね!ちなみに外谷さんは現在どのような業務を行っているのですか?
私は今、会社の研究組織サイバー・グリッド・ジャパンの次世代技術開発センターで働いています。研究所となりますので、少し長いスパンで今後のビジネスに役立つような研究を進めています。
今のセキュリティは「受けた攻撃に対し防御する」という後追いの対策が主流になりますが、私たちの研究では「今後起こるであろう攻撃」に対し、データ分析を行い、それに基づいて予測し、必要な対応を提案するというものを目指しています。
(外谷さんが働いている風景)
次世代技術開発センターには私含め視覚障がい者が4人いて、視覚障害以外のメンバーがマネージャーの小笠原含め3人所属しています。7人体制で仕事をしていて、視覚障害を持っているメンバーの多くは、システム開発に取り組んでいます。
私は、そうしたシステム開発と同じ障害を持つメンバーのマネジメントなどを担当しています。チームやメンバー間のコミュニケーションも進めながら、細かな方針の微調整なども行っています。
–働かれている視覚障害の方は、元々プログラミングを学んだうえでセンターに加入したのですか?
私含め3名は経験者として入ってきています。
昨年契約社員として入って頂いたもう1名は、ワードやエクセルのようなオフィス系の操作経験はありましたが、プログラミングの経験があって入ってきたわけではありません。今は開発半分・分析半分で働いてもらっています。各自できることが違うので、できる範囲でお互いに進めている感じです。
(テキストデータを点字化するディスプレイ)
–皆さんの能力を活かした働き方ができているんですね。
今の部署に移る前はプロジェクトごとにメンバーが組まれて、プロジェクトが完了するとチームも解散するということがありました。その時は、「何ができて何ができないのか」といった情報共有を一からお話しする必要があるので工数はかかりました。
また、画面を使う業務、例えばWebデザインとかの仕事はどうしてもやりにくかったです。ただ、当時の上司が、画面ではなくてデータを分析する仕事やデータベースをいじる仕事をアサインしてくれて、部署も長く同じところで働けるところで話を進めてくれたので、そこから割と支障なく進められるようになりました。
–今実際に外谷様がエンジニアという職業に就いていて、良かったことあるいは課題などあれば教えてください。
エンジニア職の楽しさと困難
画面などは視覚的に見えないと厳しい部分があるのですが、データの分析とか、テキストで送られてくるデータの処理や、文字ベースに近ければ、視覚の障害はハンディにならないと思っています。そういう意味では、「障害が障害にならない」と言えます。実力を発揮しやすいというか、視覚障がい者の活用を考えていらっしゃるなら、ぜひ一度試してもらえたら良いんじゃないでしょうか。
これは勤め先とは別の話になりますが、もし資格の勉強をしたい時に、点字対応が限られていることが課題です。点字が難しい場合は、代読とか代筆してくれればよいのですけど、そこまでサポートできないとこもありますので。
「この資格を取りたい!」と思ったときに問い合わせてみると、「対応できません」と断られてしまうケースがあるので、資格を受ける際にいくつか課題はあると思っています。
電子書籍が増えてきたので便利にはなってきたんですけど、電子化されていても音声で読めるかは、試してみないとわかりません。
点字で読むにしても点訳には半年とかかかってしまうこともあるので、今すぐに勉強したいという時には不便かもしれませんね。
ただ、障害があっても活躍できる分野って、プログラミングに限らず意外とたくさんあるので、ぜひ障がい者の方にも障がい者の採用にもチャレンジしてほしいなと思います。
視覚障害エンジニアに関しては、実際に働かれている方もそこそこいらっしゃいますので、ぜひ一緒に情報共有したり、お互いに働きやすい環境を作れたら嬉しいです。
障がい者雇用の1つのあり方
(視覚支援のため、白黒反転表示を使ったり、
インタビューの最後、株式会社ラック人事の石山さんに障がい者雇用で必要な取り組み・環境づくりについてお伺いしました。
–実際に今、ラックにはエンジニアとして活躍されている視覚障がい者の方が何名もいらっしゃいます。全社的にはどのような環境づくりを行っているのでしょうか?
障害の内容によって使用する機材が変わるので、リクエストに応じた機材を用意しています。あとは、チームでシステムを開発しているので、情報共有はちゃんとした方がいいのと、スキルアップのためにも近くにいてコミュニケーションが図れた方が良いかと思います。
視覚障害があると、どうしても一歩採用に踏み出せない部分があると思います。でも外谷の活躍を見ると、ちゃんとポテンシャルを見て採用できて良かったなと考えています。変に障害で歯止めをかけるんじゃなくて賭けてみる、他の会社もそのようにすると、障がい者雇用が進むかと思います。
外谷がラックに入ってくれたことで、それから視覚障害を持った方がどんどん入社してくれました。それはやはり、彼の実績があるからです。なので、障がい者を雇用する際は、相手のポテンシャルも見ながらぜひ採用して欲しいと思います。そうすると、私たちラックのような良い循環が生まれるかもしれません。
取材協力:株式会社ラック
サイバー・グリッド・ジャパン 次世代技術開発センター:外谷渉|人事部:石山朋史
【編集後記】
2014年の障がい者権利条約に批准以降、障がい者雇用は医療モデルから社会モデルへと大きな変化を遂げました。「障害を全て個人の問題として片付けてしまうのではなく、社会の課題としてもまた捉えなおすべきではないか。」今回、株式会社ラックさまのインタビューで印象的だったことは、社員の皆さんが自然と「障がい」を受け入れ、特に意識することなく接していることでした。撮影も丁寧に対応頂き、見習うことを多く発見できた取材となりました。
(編集:伊藤弘紀|Twitter)