株式会社アカルク代表取締役
堀川歩 ほりかわあゆむ(Twitter|note)
1990年生まれ。大阪府出身。
心の性は男性、身体的な性は女性として生まれる。高校卒業後に陸上自衛隊に入隊し、任期満了後は自分の目で世界の現状を確かめる為に世界一周の旅に出る。帰国後はLGBTの方の総合サポート事業を個人で立ち上げる。その後、ユニバーサルデザインのコンサルティング会社を経て株式会社アカルクを設立。大和ハウス工業株式会社のLGBT活躍推進アドバイザーも務める。
昨今、ジェンダーやセクシュアリティに関する議論が活発に行われています。
トランスジェンダーの主人公が母になるまでを描いた映画「ミッドナイトスワン」が人気を博すなど、LGBTは人権問題として考えられるようになりました。
しかし、ジェンダーをはじめとする目には見えない生きづらさを抱えている方は未だ多くいるのが実情です。
今回インタビューしたのは、トランスジェンダーの当事者であり目には見えない働きづらさを感じている方のキャリア支援を行う「株式会社アカルク」代表の堀川歩さん。
誰もが「明るく自分らしく生きる」社会にするためには、どのようにしたらいいのでしょうか。
目次
LGBTに関連する日本の課題
ーーはじめに自己紹介をお願いします。
堀川歩と申します。私はもともと女性として生まれてきましたが心の性は男性です。2018年に性別適合手術を受け、現在は戸籍上も男性として生活しています。
高校卒業と同時に陸上自衛隊に入隊、世界一周の旅を経てLGBTの方向けの総合サポート事業を個人で立ち上げた後、ユニバーサルデザインのコンサルティングを行う「株式会社ミライロ」で人事部長を務めました。
2020年1月に独立し、株式会社アカルク(以下「アカルク」)を設立しました。アカルクでは、誰もが「明るく、楽しく、自分らしく働ける」ためのキャリア支援を行っています。
ーー堀川さん自身トランスジェンダーの当事者ですが、トランスジェンダーだと一般的にどのような困難があるのでしょうか。
トランスジェンダーとは、心の性(性自認)と身体的な性が一致していない方を指す言葉です。私の場合は女性として生まれてきたので身体的な性が女性で、心の性が男性でした。
トランスジェンダーとひと括りにしても個人で様々ですが、一般的にはトイレや制服など男女別に分けられる事柄に関して、また思春期には自分の身体の発達を受け止めることが難しいと言われています。
また、自分の性について第三者に話すカミングアウトをして家族など近い関係性の人に受け入れてもらえないと、精神不調になったり自傷行為や自死につながるケースもあります。
ーー堀川さんはタイで性別適合手術を受けたとのことですが、日本の制度で課題に感じることはありますか。
日本は性別適合手術を受けられる病院が限られており、また金額もタイに比べると1.5倍~2倍ほど必要になります。
トラブルがあったときの保証は国内の方が優れていますが、実績や術後の傷跡などを比較したうえで、私はタイで手術をしたいと思いました。
また戸籍上の性別を変更するのにも様々な条件があります。要件の違いがありますが、国内の場合はガイドラインが定められています。
日本では戸籍を変更するために以下のような条件をクリアする必要があり、かつ時間もお金もかかってしまうため、戸籍を変更したくてもできないという方もいらっしゃいます。
1.二人以上の医師により,性同一性障害であることが診断されていること
2.20歳以上であること
3.現に婚姻をしていないこと
4.現に未成年の子がいないこと
5.生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
6.他の性別の性器の部分に近似する外観を備えていること
(参照元|裁判所「性別の取扱いの変更」)
そこで2018年から性別適合手術は保険適用になったのですが、一部の病院しか認定されていないんです。さらにガイドラインにはホルモン注射を打ってから手術の流れが記されていますが、ホルモン注射を打っていると保険適用にすることはできません。
そもそも生殖器をとる手術は身体的ダメージが大きく、失敗すれば命を落とすリスクもあります。そのため生殖器の手術はせず胸の手術だけする方や、自分が何者か知るために診断書だけを取る方もいます。このように、どこまで心の性に合わせていくのかは人によって異なっています。
性別適合手術とは
基本的に「性器の手術」を指す。身体的に男性の方が女性への性別移行を望む場合をMTF(Male to Female)、逆の場合をFTMという。MTFの場合は、精巣摘出術、陰茎切除術、造腟術、外陰部形成術などを行う。FTMの場合は、卵巣摘出術、子宮摘出術、尿道延長術、腟閉鎖術に加え、陰茎形成術を行う。(参照元|Medical DOC)
堀川歩さんが自分らしく生きるまで
ーーここからは堀川さん自身についてお伺いします。心の性と身体的な性の不一致はいつ頃から感じていたのでしょうか。
物心がついた時からです。
幼少期から「大人になったらお父さんになるんだ」「男性器がないのはまだ子どもだから」と思っており、小学生の頃は「自分はおかしいのかな」と思っていました。
「トランスジェンダー」という言葉を知ったのは、高校1年生の時でした。
価値観を180度変えた1人の人間との出会い
ーー堀川さんは高校卒業後、地雷撤去をするために自衛隊に入隊していますよね。自衛隊を志望したのは何がきっかけだったのでしょうか。
高校1年生の時に当時交際していた同級生の女性とお別れしてしまい、「この先誰からも愛されず誰かを愛することもなく、1人で生きていくのか」と絶望していました。
ちょうど思春期で身体の変化を受け止められなかったこともあり、将来に希望を持てず、死を選ぼうとしていました。そんな中、同じ学校の先輩との出会いで視野が広がり価値観が180度変わったんです。
その先輩は誰からも好かれるような人でした。それに対して自分は何かある度に身体のせいにしていて。「人生はたった1年しか違わないのに、何が違うのだろう」と思い先輩に質問したんです。この質問が私の人生を大きく変えることになりました。
先輩を前にして緊張して言葉が出なくなり、思わず「好きな色は何色ですか」と聞いてしまったんです。すると先輩は「空色」と答えました。
「青色ということですか」とわざわざ聞き返すと、先輩は「違うよ」と答えてこう言うんです。
「空色って、真っ青なコバルトブルーの海のような色のときもあれば、真っ赤な太陽のような色のときもあって。その移り変わる色が好きなんだ」。
それを聞いて、どこか恥ずかしいような衝撃を受けたと同時にハッとしたんです。今まで自分は「男性はこう」「女性はこう」と性に捉われていました。でも先輩は「好きな色=空=移り変わる色」と、自分の意思と言葉で物事を決めて生きていたんです。それが先輩の魅力なんだと思ったときに「変わりたい」と思ったんです。
「男性・女性」ではなく「自分」として生きていこう。性に関することだけに捉われず、人としてどう生きていきたいのか、どういう価値観を大事にしていきたいのかを考えていくと、視野がスーッと広がっていきました。
これをきっかけに様々なことに挑戦するようになりました。その中で海外に興味を持ち「地雷撤去をしたい」という夢ができたんです。
ーー先輩との出会いが自分らしく生きていくことに繋がり、自衛隊に入隊するきっかけになったんですね。
入隊する際にトランスジェンダーについて伝えると、「勝手に戸籍を変えたり治療を始めること、また隊員が嫌がったりメディアが取り上げたら解雇」という条件が付きました。
また当時は女性隊員の配置制限があったため、地雷撤去の最前線に女性自衛官は連れていけないという話もされました。
そのため「自分の目で世界の現状を確かめてみたい」と思い、任期満了と同時にバックパッカーとして世界一周の旅に出ました。
株式会社アカルクの取り組み
ーー株式会社アカルクの設立経緯を教えていただけますか。
世界一周の旅から帰国したら「自分と同じように悩んでいる人の力になりたい」と考え、はじめはLGBTの方に向けた総合サポートの個人事業を立ち上げました。
3年くらい経ちこの先を考えた際に、もっとこの取り組みを広めていくためには自身のスキルアップはもちろん、子どもたちが大人になった際に活躍できる場を創るためにも、企業でも広めていく必要があると考えるようになりました。そこで2014年にミライロに転職し、LGBT事業として人事部の立ち上げを行いました。
当時は「何から取り組んでいったらいいかわからない」「なぜLGBT施策に取り組む必要があるのか」と企業から問われる状況でした。
しかし、2013年に淀川区が全国で初めて行政として「LGBT支援宣言」を発表したほか、2015年から渋谷区が「同性パートナーシップ証明書」を発行したりと、オリンピック・パラリンピックの開催が決まったことも関係し少しづつ社会の流れが変わってきました。
この流れを受け、LGBT施策に取り組む必要性を感じていただく企業が増えてきました。「自分と同じように悩んでいる人の力になりたい」と思っていた領域の需要が高まり、自分が何をやりたいのかを改めて考えました。
そのうえで「今このタイミングで独立するのがベストだ」と思い、2020年1月に株式会社アカルクの設立に踏み切りました。
株式会社アカルクの事業展開
ーー株式会社アカルクの社名にはどのような想いを込めましたか。
アカルクは「明るく、楽しく、おもしろく」という企業理念を掲げています。
LGBTをはじめとする目には見えない生きづらさを抱えている方々に「明るく自分らしく生きてほしい」という想いを込め、アカルクという社名を付けました。
ーーアカルクではキャリア支援を行っていますが、現在はどのような事業を展開していますか。
アカルクでは、大きく3つの事業に取り組んでいます。
- トレーニング事業
- プロデュース事業
- ユニーク事業
1つ目がトレーニング事業です。多様な人が働きやすい組織づくりのために、企業や行政、教育機関向けにLGBTに関連する講演や研修を年間100本以上行っています。
2つ目がプロデュース事業です。企業と当事者を対象に、人事コンサルティングやキャリア支援を行っています。
企業に対しては、例えば多様な人が働きやすいガイドラインの策定や人事制度を作ったり、職場環境の課題改善を提案しています。
一方、当事者の方に対しては「どの病院で治療すればいいのか」「どう生きていったらいいのか」を含めて、日本で初めてとなるトランスジェンダーに特化したキャリア支援を行っています。
3つ目がユニーク事業です。商品開発やPR、イベント企画を通してLGBTについて面白く知ってもらおうという取り組みです。
例えば人工授精で子どもを授かったトランスジェンダーの方に「子どもを授かる際にどのような壁があるのか」「子どもにはどのタイミングでオープンにしていくのか」などを伺う家族イベントを開催しました。
これらのプログラムには「LGBTの当事者限定」などの規制を設けていません。コンセプトやテーマに賛同する方であれば誰でも参加できる、フラットなコミュニティを形成しています。
LGBT施策に企業が取り組むうえで大切なこと
ーー企業に研修や講演をする際、最も大切に伝えていることは何でしょうか。
「100点満点を目指さないこと」です。LGBTに限った話ではありませんが、すべてのセクシュアリティの方に完璧に配慮をするのは難しいと思います。
だからこそ60点でも70点でもいいので、今できていないことに目を向け、それを1つずつ改善していく。100点でなくても1つずつ改善し積み重ねていくことが大切だと私は思います。
ーー満点でなくてもいいんですね。LGBT施策に取り組むことで、企業にはどのような変化があるのでしょうか。
企業の風土が変わります。近年SDGsやダイバーシティにおける取り組みが求められていますが、その中にはジェンダーやLGBTに関する取り組みも含まれているんです。
大企業を中心にLGBTへの取り組みを積極的に行う企業が増え始めていますが、取り組むことで風土面以外にも、採用活動や離職率の低下につながる面もあります。
多様な人が働きやすい職場環境にすることでLGBTの方以外にとっても働きやすい環境になると私は考えています。
株式会社アカルクを通して実現したい社会
–アカルクを通して、どのような社会を実現していきたいですか。
アカルクを通して最も伝えたいことは、LGBTに限らず誰もが「自分らしく生きていいんだよ」ということです。
かつての私のように自分に自信を持てない方や、人目を気にして生きづらさを感じている方もいるかもしれません。そのような方々が自分のことを受け入れ、自分だけでなく多様な人と歩み寄り受容しあえるよう、サポートしていきたいです。
また相談してくださる方の中には「どう働いていきたいのか」「どう生きていきたいのか」を考え自分のなりたい姿を実現していくときに、キャリアとジェンダーの問題がごっちゃになっている人もいました。
だからこそ、正しく学べる教育の機会・環境の整備やキャリアプランを描けるような場、やりたいことが実現できるためのスキル向上の場の提供に力を入れていきたいと思っています。
それを通して「人と違うことが当たり前なんだよ」と伝えていける、そんな会社にしていきたいです。
LGBT当事者の方へメッセージ
–最後に、様々な生きづらさを抱えている方々にメッセージをお願いします。
たとえ今暗闇にいたとしても、一生暗闇ということはないと私は思っています。その先には明るい明日が待っていると私は信じています。
これはかつての自分に伝えたいメッセージでもあります。私は何かあるたびに他の誰かや身体のせいにしてきました。
自分を受け入れることができず、将来に対しての希望も持てませんでしたが、先ほどお話しした1人の人間との出会いによって視野が広がり、価値観が180度変わりました。「変わりたい」と心の底から思い、夢ややりたいことを見つけ、自分らしく生きることができました。
今何かに悩み苦しんでいる方は、無理をする必要はありませんが、今の苦しい時期だけでなくこの先に明るい時期も待っていると信じてください。そして自分で自分のことを信じてあげてほしいです。
【編集後記】
ジェンダーやセクシュアリティの問題はとても身近で、それゆえに自分にとって大きすぎる問題のように感じていました。ですが堀川さんが「変わりたい」と思ったように、性に関することだけにとらわれず、1人の人間としてどう生きていきたいのかを考えると、私自身の視界も少しひらけました。LGBTに関する様々な事業を展開している堀川さんが経験してきたことや想いを伺うことができ、大変貴重な取材となりました。
(編集:佐藤奈摘|Twitter)