株式会社Xiborg 代表取締役
遠藤謙 えんどうけん (Twitter)
ロボットや義足を専門とするエンジニア。高校生の時、バスケ部の後輩が骨肉腫になったことをきっかけに義足の研究を始める。マサチューセッツ工科大学に留学し学位取得後、ソニーコンピュータサイエンス研究所に所属。2014年に株式会社Xiborgを設立した。
「『健常者はこうだ』という先入観は障がい者に対する偏見を生むバイアスであって、本当はよくないのではないか」
そう語るのはMITのTechnical Review誌で「35歳以下のイノベーター35人」、世界経済フォーラムで「ヤング・グローバル・リーダーズ」にも選出された義足エンジニアの遠藤謙さん。
彼が代表取締役を務める株式会社Xiborgが手掛けた義足を履いたジャリッド・ウォレス選手は、2017年の世界パラ陸上競技選手権大会で100mの3位、200mの1位を獲得しました。
また同年、日本パラ陸上競技選手権大会では契約選手である佐藤圭太選手が1位を獲得し、Xiborgの名を世に知らしめました。
今回Puenteでは、そんな株式会社Xiborgの代表取締役である遠藤謙さんにインタビューしました!
『五体不満足』の本で一躍有名になった乙武洋匡さんが義足義手を装着し「歩く」にチャレンジする「乙武義足プロジェクト」を通じて社会に届けたいことやメディアについて、またテクノロジーが介入することで生活が劇的に変わることの面白さについて語ってくださいました。
(今回の取材は「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」に伺いました)
目次
遠藤謙の経歴
ーー遠藤さんはどうして義足を作り始めたのですか?
小学生の頃からモノ作りが好きで、学校も理工学部に通っていました。
高校生の時にバスケ部の後輩が骨肉腫(こつにくしゅ)という骨に悪性腫瘍ができる病気になってしまい、それが2回転移をして、足を切断するか否かの決断を迫られたときに、世の中に義足というものがあると知りました。
その時からロボットの研究をしていたので「その技術を使った義足を作ってみたい」と思ったのが義足の研究を始めたきっかけです。
その後は義足の研究ができるところを探して、マサチューセッツ工科大学(通称:MIT)に入りました。
ソニーコンピュータサイエンス研究所の所属経緯
ーー後輩の吉川さんは遠藤さんがトークしたTEDxTokyoにも出演していましたよね。遠藤さんはソニーコンピュータサイエンス研究所に所属していますがどのような経緯があったのですか?
ソニーコンピュータサイエンス研究所(以降:ソニーCSL)の現在の代表である北野宏明には、僕が日本の学生だった頃にもお世話になっていました。
博士課程を終えて進路先を考えていた時に「この先何をしたいのか?」と聞かれ、僕はやはり「義足の研究を続けたい」と答えました。
義足の研究の中には競技用義足の研究、ロボット義足の研究、それから途上国の足を失った人のため義足の研究など、エンジニアの枠組みだけではなくいろいろなスタイルがあるのですが、その全部ができる研究所はなかなかないんです。でも「人類の未来のための研究」を行うソニーCSLでは全部できたので入りました。
株式会社Xiborg
ーーソニーCSLに所属しながらも、株式会社Xiborgを設立した理由を教えてください。
ソニーCSLは小規模な団体で、ひとりがひとつのテーマを持って研究しています。
自由度は高いのですが、例えば陸上のチームを作りお金を集め、選手のサポートやコーチングをするというような活動はなかなかできなかったので、会社を設立しました。
Xiborgの義足の特徴
–Xiborgの競技用義足の特徴はありますか?
他社の競技用義足と見た目はあまり変わらないかもしれませんが、選手の走り方に寄り添ったつくりをしています。
現在Xiborgには4人のサポート選手がいます(2020年4月現在)。その選手の成長に合わせた義足を作っていくとなると、完成はないですしまだまだやれることはたくさんありますね。
乙武義足プロジェクト
乙武義足プロジェクト
身体の障がいは現時点では障がいかもしれないけれど、10年後には障がいではなくなるかもしれない。
もし足がなかったとしても、足と同じように動くテクノロジーがあれば、その人は普通に歩くこともできるし、走ることもできる。そうなったら、足がないことは障がいなのだろうか。
きっと未来は、誰もが身体に不自由はなく、自由に身体を動かすことができるに違いない。
そうした未来を目指して、ロボティクスで人間の身体を進化させていく。
四肢のない乙武氏とテクノロジーの融合。テクノロジーと身体の未来がここにあります。
(参照元|SONY CSL)
「オトタケ・プロジェクト」2年間の軌跡 from Sony CSL on Vimeo.
プロジェクトを始めた理由
ーー乙武洋匡さんの義足プロジェクトはどうやって始まったのですか?
悪ノリですね。「こういうプロジェクトが出たら世の中の人はどう思うのか」という社会実験です。
ロボット義足の研究を論文に書いても、一般的な人にはあまり読まれないので「どうやったら世の中に発信できるか」と考えた時に、1番効果的なのは日本だと乙武さんが履くことだと思いました。
目標は、乙武さんが義足を履いて町を歩いていても違和感がなくなることだと思っています。
(©2020株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所)
–苦労はありましたか?
たくさんありました。乙武さんが履いている義足の重さは、軽量化して歩きやすくするために靴選びをこだわったり、ソケットをプラスチック製からカーボン製に変えたことで4.5kgになりました。これは人間の脚より軽いです。
また、義足の長さは片足がある場合はもう片方の足の長さに合わせて作るのですが、乙武さんの場合は座高などの高さから「もし足があったらこのくらいだろう」という長さを計算しました。でも元からその長さではなく、最初はソケットの下に直接足首が付いたものから始め、徐々に長くし膝を付けました。
(©2020株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所)
乙武義足プロジェクトで社会に届けたいこと
ーー「乙武義足プロジェクト」を通じて、社会に届けたいことはなんですか?
ふたつあります。
乙武さんは先天性の四肢欠損で、今は歩けないから車椅子に乗っています。「歩けるけれど車椅子に乗る」という選択をしたのではなく、車椅子に乗って生活することが決まっていたんですね。なので「歩ける」というオプションをみんなが選択できる状態にしたいし、しなくてはいけないというのが「乙武義足プロジェクト」のひとつの目的です。
もうひとつの目的は「人間は健常者スタンダードで考えている」ということを気付かせることです。そのために「健常者だったらこうだよね」という違和感のない見え方になるように仕向けました。
本当であったら、乙武さんにはケンタウロスのように足を4本付けてもよかったですし、そもそも足ではなく車を付けてもよかったんですよね。でもなぜ足をつけたのかというと、見ている人が1番共感できるからなんです。なぜ共感できるかというと「人間は手足が2本ずつあって、二足歩行するものだ」という先入観があるからだと思います。
その先入観は障がい者に対する偏見を生むバイアスであって、本当はよくないのではないかということを露呈したプロジェクトにもなっています。
–-そんな仕掛けがあったんですね。メディアの注目も集まっていましたよね。
驚いたのは、クラウドファンディングなどによってこのプロジェクトだけで、1700万円も集まるんだという事です。
既存のメディアは情報の1%を多くの人に届けるというところで、ひとつの大きな役割を果たしていると思います。届いた情報がどう捉えられるかはわかりませんが、僕の感覚でいうと、5%~10%の人がもう少し理解したいと興味を持ってくれます。
クラウドファンディングはちょっと興味がある人を100人から1000人に押し上げました。なので「あっちに何か面白そうなものがあるよ」というフラグシップを打ち立てたのが乙武義足プロジェクトだと思います。
※乙武義足プロジェクトは科学技術振興事業機構CRESTの研究費
遠藤謙が考える社会の課題
ーー遠藤さんは障がい者に対する社会のイメージについて違和感を持っているのかなと思うのですが、それはなぜですか?
僕はそもそも人間に興味があって、いろいろな人がいろいろな考え方を持っているのが前提なので、違和感があるわけではありません。
それが「どういう方向に向かったら面白いのか」「みんなが幸せになれるのか」と考えた時に、ダイバーシティやインクルーシブという言葉に包括されてはしまいますが、いろいろな人が共存しながら生きていく社会というのが多分正しいと思うんです。
それが正しいのであれば、人間の「健常者はこうだ」という先入観はボトルネックになり得ると思っていて、人間の社会をよりよくしていくためには変えていった方がいいだろうとは思います。
ーーなるほど。先入観や誤解にはには無関心・無理解もキーになってくると思いますが、ここについてどう思っていますか?
課題ですね。ラオスという国を知っていますか?
アジアの最貧国として知られる社会主義国で、ベトナムやカンボジアなど他の途上国と比べると産業も少なく、経済成長が遅れています。ラオスでは障がい者のサポートも少なく、義足のアスリートなんてひとりもいないんです。
ここで義足のアスリートが誕生すると、今までの先進国がたどった経済成長とは違う路線で経済成長できるんです。
日本など資本主義の国では経済成長が優先され、福祉などマイノリティ向けのサービスは後回しにされてきました。でも今まさに経済成長をしたいラオスで義足のアスリートが誕生すると、日本ではできなかった「障がい者でもスポーツをする」「障がい者でも社会活動に参加する」という考え方を持ったまま経済成長をしていくことに繋がります。
これをやっているのが、僕がすごく尊敬している日本人です。彼は元パラアスリートで、ラオスに渡り国際大会に対応できるようなパラ陸上のチームを作っているのですが、これが日本ではあまり興味を持たれないんですよ。
–私も知りませんでした。
ほとんどの人が知らないと思います。でも、僕はパラ関連で行われている活動の中で彼の活動が1番面白いと思っています。
この活動が知られていない要因のひとつには、やっぱりPV数や売り上げなどからメディア側に余裕がないことはあると思っています。
社会的に価値があるものを取り上げてメディアバリューが育てばいいのですが、簡単に解釈できる薄っぺらい情報にみんなが飛びつきやすくそういう情報が広がるので、受け取り手もリテラシ―を持って学んでいく以外にはないのかなと思っています。
ギソクの図書館
ギソクの図書館とは
クラウドファンディングで631人からの支援を受け、2017年新豊洲Brilliaランニングスタジアム内に開設した。板バネ(競技用義足)24本、膝継手6つを試すことができる。
板バネを交換して走る練習ができる「マンスリーラン」や義足の付け替えやフィッティングができる「フィッティングワークショップ」、「出張!ギソクの図書館」などを行っている。
詳しくはこちらから。
ーー続いてギソクの図書館についてお伺いします。どうして作ろうと思ったのですか?
板バネで走っている人を見たらパラリンピックのアスリートを想起する人が多いと思いますが、板バネはトップアスリートに限らず、そもそも走るための義足なんです。
「走る」というのは1番敷居の低いスポーツだと思いますが、義足を履いている人は「走る」ことが当たり前ではないと言えます。なので「それを当たり前にするにはどうしたらいいか」と考えた時に、義足は価格も高いので、誰もが気軽に履ける今のギソクの図書館という形がいいと思いました。
2020年のその先へ
–2014年のTEDxTokyoでもすでに2020年のことを意識されていましたが、2020年となった今、目標などはありますか?
わかりやすい目標でいえば、Xiborgの義足を履いた選手が2020年のパラリンピックで100mの金メダルを取ってほしいと思って取り組んできました。でも今となっては2020年に特にこれをやりたいということはなく、もう少し長い視野で考えています。
僕は義足の有利な部分を使いこなせる選手が現れたら、義足を履いたほうが健常者よりも速く走れると思っています。でも、それはひとつの現象でしかありません。
例えば「健常者は身体能力という観点で見れば、足がない人より統計的には優れている」など、障がい者は健常者より劣ると思われることが多いと思います。ですが義足を履いた時に限って言えば、足がない人のほうが早く走れることがあります。
「障がい者だから保障があるべきだ」「障がい者だからこれができない」というよりも「この人はこれを使えばこれができる」というポジティブな考え方をすることによって、障がい者がもう少し経済活動や社会活動に参加しやすくなるようなことができると思うんですよね。
これは障がい者に限らず、困っている人がいたら助けるという当たり前なマインドです。そこに障がいがあることや年齢は、実はあまり関係ないと思っています。例えばお年寄りでも僕より強い人はいるだろうし、僕より若いけど身体が弱い人もいるはずです。
2020年のパラリンピックを通して「あ、障がい者だけど義足を使えばこんなに速く走れるんだ」という感覚が世の中に定着してほしいです。そうすれば「障がい者だからこの人は劣る」という先入観ではなく「その人は何ができるのか」という見方に社会全体がなっていくのかなと思います。
遠藤謙が今後やりたいこと
ーー遠藤さん個人としての今後の目標や、やりたいことはありますか?
もう少し人間を知りたいという好奇心が強いので、人間に寄り添えるものを作りたいです。
例えば僕はバスケットボールが好きなのでシュート力を上げるために、ボールをパスしてくれるロボットを作りました。でもそれはツールでしかなく「シュートという反復練習をどうやって効率よくするか」というところなんです。それは義足だろうが、ロボットだろうが、バスケットボールだろうが同じです。
人間が今までできなかったことができるようになるプロセスにテクノロジーが介入すると、得られる幸福感は大きくなると思っています。なのでそういったものでもう少し人間に寄り添えるものを作りたいです。
–些細な道具ひとつで生活の質がグッと上がることってありますよね。
そうなんですよ。何かがあることによって生活が劇的に変わる可能性はいくらでもあるのに、それを知らないケースが多いと思います。
そもそもあることを知らなかったり、知っていても「使ってみたらこうだろう」と想像した結果使わず、実際に使ったらどれだけ変わるかを知らなかったり。その損失って大きいと思うんですよね。
これを社会全体でいうと「障がい者だからこうだ」などの考え方も、実は損をしているのではないかと思っています。
義足はわかりやすいですよね。テクノロジーが介入することで「足がないから歩けない」という考え方を劇的に変えています。
今、障がい者の認識が変わるきっかけになっているひとつが義足だと思うんです。僕はモノを作って、人間の考え方が変わるというのが面白いと思うのでそこに携わっています。
遠藤謙からのメッセージ
ーー最後に、メッセージをお願いします!
パラリンピックなどを通して、まずは義足の人が日常的に走れる社会になったらいいなと思っています。でも別に走ることが最後の目標ではありません。
今まで普通じゃなかったことが普通になるという流れは難しいですが面白く、やりがいがあることだと思います。なので今後も社会が変わる事やモノを作り、それを展開していくことをミッションとしてやっていきたいと思います。
【編集後記】
ゆりかもめ線に乗っていた時に不思議な施設をみかけ、それが新豊洲Brilliaランニングスタジアムだと知ってから約2年。今回実際に新豊洲Brilliaランニングスタジアムに伺い、遠藤謙さんにインタビューさせていただけたこと、本当にうれしかったです。
遠藤さんが発する言葉ひとつひとつにはとても重みがあました。人間というものをマクロな視点で見て「こっちの方がいいんじゃない?」とさりげなく道を標してくれているように感じました。
パラリンピックを控え義足のアスリートにますます注目が集まる中で、どのようなものをつくりだし、世の中に発信していくのか、今後も楽しみです。
編集:佐藤奈摘 (Twitter)